デジタルデンチャー事業をスタートさせた経緯をお話しください。
きっかけはIT事業のクライアントに歯科技工所があり、視察したことでした。そこではクラウン等の被せ物のデザインを行っているところで、我々が開発した技術を活用し、日本とモンゴルをリモートで繋ぎ、まるで同じラボにいるかのようなシームレスな環境で作業をしていました。その光景に「現在の技工はそんなふうになっているのか」と衝撃を受け、この技術を使ったプラットフォームを小規模な個人ラボに提供する「シェアリングエコノミー事業」を考え、経済産業省の支援事業に申請して採択されたのです。 それが4年前です。それから1年かけて土地、建物、設備、人材を確保したのですが、当時はそれで入れ歯が作れるとは思っていませんでした。しかし、たまたま現在の当社の顧問でもある山崎先生にお会いする機会があり、「入れ歯もデジタルで作れる」というお話を伺い、電気が走るような衝撃を受けました。早速、購入しかけていた機械を全てキャンセルし、デジタルデンチャーに特化した機械に4,000万円を投資して設備を整え直したのです。 当時、デジタルで入れ歯を作る領域は、誰もやっていないブルーオーシャンでした。海外から日本に技術は伝わっていたものの、実用に堪える技術にはなっていませんでした。その中で山崎先生は、ひたすら検証を重ねて培った技術を、自身の歯科クリニックの患者さんに提供されていました。その技術レベルは、海外でもインストラクターを務められているほどです。世界的に有名な先生と出会えたチャンスに加え、私自身、10年前から病で歯を失っていた父親に入れ歯を作ってあげたいという思いがあったことも決断を後押ししました。 ただ、肝心の“入れ歯を作れる技工士”を探すのにはひと苦労しました。私が業界を離れている間に、絶滅危惧種のような存在になっていたのです。そこで母校の先生に相談し、ちょうど入れ歯専門のラボを立ち上げたばかりの後輩を紹介してもらいました。三者面談で意気投合し、手伝ってもらいながら基礎を固めていったのですが、ラボの管理者として登録していた私の父が亡くなってしまうという危機に、彼は自身のラボを締め、当社の専属技工士として参画してくれることになったのです。こうした様々な縁とドラマが重なり、デジタルデンチャー事業がスタートしました。
デジタルデンチャーを導入することで、精度は極端に変わるものですか。
大きく変わります。そもそも入れ歯というのは、歯茎に当たる部分がプラスチック等でできており、化学変化の集合体です。歯茎の部分が分厚ければ分厚いほど、材料を固める時に“重合変形”という大きな変形を起こしてしまいます。さらに型取りや模型作り、熱で溶かしながら歯を並べる工程等、各段階で少しずつ変形が進むため、テスト段階ではぴったり合っても、完成した時には全く合わないということが起こり得ます。 しかし、デジタルデンチャーは感覚や肉眼に頼らず、全てのデータを定量的に数値化して設計します。断面の厚みや噛み合わせの隙間等をミリ単位で計測し、その設計データのまま3Dプリンターや削り出しで具現化します。化学変化による変形を起こさずに済むため、歯医者さんや技工士が思い描いた通りの、非常に精度の高い完璧な入れ歯が出来上がるのです。 実際、私の父は45年のキャリアを持つ匠の技工士でしたが、自分自身の入れ歯は10年間も入れていませんでした。そんな父に、当社が製作した第1号のデジタルデンチャーをプレゼントしたところ、「ぴったりだ!」と何でも食べられるようになったのです。 ただし、注意しなければならないのは、デジタルはあくまでツールに過ぎないということです。海外にも同じ機械やシステムは沢山ありますが、日本人のきめ細やかさや、ものごとを追求する心、歯科技工の基礎知識がなければ、本当に噛める入れ歯は作れません。0コンマ何ミリの狂いが影響する世界ですから、デジタルにすればするほど、その基礎技術の差が顕著に表れます。 技工士の方が「デジタルだと自分の仕事が奪われる」と勘違いされることもありますが、腕のいい職人がデジタルを使いこなしてこそ、より良いものが作れます。職人の確かな技術とデジタルが掛け合わさることで初めて、本当に質の高い入れ歯が生み出せるのです。
歯科医療MaaS事業はどのようにしてスタートされたのですか。
歯科医療MaaSの構想は、2024年1月に発生した能登の震災がきっかけで生まれました。私は過去に阪神淡路大震災等を経験しており、災害時には「入れ歯難民」が急増することを知っていました。避難生活で入れ歯がないと硬いものは食べられず、栄養失調や誤嚥性肺炎による二次災害に繋がる危険があります。「当社の技術を生かした支援がしたい」と思ったものの、現地のボランティアの方からは「今来られても何もできないから」と断られ、大きな無力感を感じました。 そんな時に出会ったのが、長年遠隔医療を研究されていた長縄先生(現在の共同代表)です。先生は「災害の時こそ歯科が活躍できる世界を作りたい」という思いの下、医療MaaSの可能性を探っておられました。そして実際に医科で使われているMaaSの車両があるから見学しに行かないかと誘っていただきました。 実際に使われている車両を見た瞬間、「ここにスキャナーと3Dプリンターを積めばいける!」と確信した私は、その車両をお借りして、1月17日の震災関連イベントに出展し、その場で入れ歯を作る実証実験を行いました。その様子は、テレビで取り上げられ、歯科業界からものすごい反響がありました。そこからさらに実証実験を重ねるために、自前の車両が必要となり、インターネットで見つけたキャンピングトレーラーを購入し、2カ月後には独自の歯科医療MaaS車両『O-Gai』としてお披露目することができました。そこからさらに実証実験を繰り返す中で、歯科業界やメディアから注目していただき、現在の事業の基盤が確立しました。
IPOも視野に入れているとのことですが、IPOするメリットをどのようにお考えですか。
当社がIPOを視野に入れる理由は、社会的な信用と資金を得て、私達が掲げる「誰も取り残さない医療」という中長期ビジョンを一気にスケールできる可能性があるからです。 「口」の健康は全ての人に共通する重要なテーマですが、多くの方にとって他人事になってしまっているのが現状です。実際、「歯科医は痛くなってから受診するところ」という認識はいまだに根強く残っています。また近年は高齢者と子供の歯科健診が義務化され、さらに今後、勤労者も義務化する動きがありますが、過疎地域等で、医師不足で履行されない地域も出てきています。 上場によって社会的な注目度を高めて意識を啓蒙するとともに、外部からの資金を循環させることで社会的な医療格差をスピーディーに埋めていきたい。それが当社の狙いです。単なる事業収益にとどまらず、レバレッジをかけて一気に社会課題を解決していくために、IPOは非常に合理的な手段です。 もう一つの大きな理由は、人材確保と、業界で働く人達の努力がしっかり報われる仕組みをつくることです。特に歯科技工士は国民健康保険に加入している方が多く、退職金や手厚い年金がないという業界課題があります。私達が個人ラボの法人化やM&A等を進めて仲間を増やしていく上で、ただ収益をシェアするだけでなく、ストックオプションや株の価値が上がり、それが将来引退する際の退職金代わりになるという形で還元することが非常に重要だと考えています。個人単独では不可能なことも、当社の組織に入り、一丸となることで実現できる。それが共にIPOを目指す大きなメリットだと考えています。
応募者の方へメッセージをお願いします。
「社会貢献」というと、多くの人々は、広く世の中のために何かできないかと視野を広げがちです。しかし、私は社会貢献の前に、まずはたった一人の人を救えるかどうかが大事だと考えています。 私の場合は、それが父親でした。目の前の一人の人間も救えないのに、多くの人を救えるわけがありません。しかし一人が喜んでくれるなら、同じように喜んでくれる人は世の中に沢山います。 私自身も若い頃、「どんな仕事が世の中に必要とされているか」と外に意識を向けて迷った時期がありました。しかし自分に「自分は何のために生まれてきたのか」「何ができるのか」「何が好きなのか」と問いかけ、内面に目を向けた瞬間に、自分が何者かを認識することができました。そして、そこから初めて、世の中に必要なものと自分にできることが統合していったのです。 まずは自分を知ることから始めることが大切です。ビジネスの世界でも、外ばかり見るのではなく、もっと近いところで困っている人はいないかという視野の置き方がとても重要だと思います。 今回の募集では、私の将来の右腕となり得る幹部候補の方を求めています。私が直接育てるつもりですので、20代等の若い方でも構いません。医療MaaSで過疎地域に医療を届けるといった、社会貢献性の高い当社の事業に興味を持ち、共に上場を目指して学びながら育っていきたいという志のある方をお待ちしています。