「使えるものが、ごみとして消えていく」。社会の“もったいない”をゼロにする挑戦
――ジモティーに飛び込んだ理由 リクルートで営業や新規事業開発の経験を経て、片山さんはジモティーへの転職を決めます。決め手は2つありました。1つは、ネットマーケティングや事業開発のスキルをもっと磨きたいという想い。もう1つは、ジモティーというサービスへの興味でした。 「リクルートではB2Cの仕事が中心でしたが、ジモティーは個人と個人をつなぐサービスで、自分がやってきたこととは全然違うチャレンジができると思って。そこに面白そうだなという感覚があったんです。」 入社後は、掲示板「ジモティー」のマーケティング・広告・プロダクト・カスタマーサポートと、幅広く経験を積みました。そして、ジモティースポット事業を立ち上げることになります。 ――清掃工場で見た、日本の現実 ジモティースポット事業の構想を練る中で、片山さんは各地の清掃工場や収集現場を見て回りました。そこで目にした光景が、今の仕事への想いを決定的に強くしました。 「ごみ収集車が次々と来て、中身をドサッとダンプするんですよ。その中に、全然まだ使えるものが混じっているんです。ベビーカーとか、家具とか。それがその場でバーンって粉砕されて、焼却炉の方に持っていかれる。『こんなにまだ使えるものが、ごみとして捨てられているのか』と強いショックを受けました」 目の前の現実をみて、「これをどうにかしたい」という気持ちがより強くなったといいます。 「既存のごみ収集の仕組みの効率を考えると、まだ使えるものをリユース品としてピックアップすることは難しい。しかし、現場を見るとあまりにももったいない。自分たちが『使えるものを再流通させる仕組み』を作れば、この現実は変えられるはずだと確信しました。」 ――予想を遥かに上回った1号店初日 ジモティースポット事業のきっかけは、コロナ禍でした。外出自粛で家にいる時間が増え、自宅の整理やモノの買い替えから、自治体に排出される粗大ごみの量が急増していました。そんな中、世田谷区と「ごみを減らしたい」という双方の想いが合致。2021年10月、ジモティースポットの原型となるリユース事業を、世田谷区と連携してオープンすることになります。 果たして本当に人が来てくれるのか、誰もが半信半疑でした。しかし、初日の光景は予想をはるかに超えるものでした。 「実際にオープンすると駐車場は満車が続き、倉庫がパンパンにくらい不要品が持ち込まれました。夜の10時、11時まで、これどうするんだってみんなで頭を抱えながらやっていました。」 たくさん集まった品物をどうリユースするか。その場でジモティーのサイトに投稿したところ、次々と引き取り手が現れ、一気に在庫がなくなりました。 「あの時、使えるものは地域の中で次の人に譲りたいというカスタマーニーズが確かにあるんだと実感しました。これを仕組みとして広げていけば、日本中のごみを大幅に減らせるかもしれない。そう感じるきっかけとなったオープン初日が、1番思い出に残っていますね。」 世田谷区ではその後、より広いスペースに場所を変え、いまは年間8万点以上、重量にして373トンものリユースを実現する場所へと進化しています(令和6年度実績)。 ――「地域になくてはならない場所」を日本中に 最後に、これからジモティースポットをどんな場所にしていきたいか、聞きました。 「まずは地域の中で、圧倒的に多くの方に使っていただける場所にする。そして、不要品の流通に留まらず、地域の情報交換や助け合いなど、ジモティーが掲げる『地域コミュニティのハブ』へと進化させていきたいと考えています」 「地域の中で埋もれている情報だったり、まだ活用されていないものだったり、誰かにとっては本当に価値があるものって、たくさんあると思うんですよ。それを循環させることはジモティーにしかできないところだと思っています」
「組織が強いから、サービスが伸びる」会社へ。人事が語る、ジモティーで働く価値
――入社したきっかけ 阿久澤さんが仕事選びをする上で、一貫して大切にしてきたのが「地域貢献」という軸でした。これまでも地方創生や、地域に根ざした事業を展開する会社でキャリアを積んできましたが、ジモティーという環境を選んだ背景には、より深く、自分らしく組織に関わりたいという想いがありました。 「それまでの会社では、自社のサービス等何かを伝えるにしても、どこか自分の中で『心から良いと思っているか』と問うと、少し言葉に詰まるような感覚があったんです。もちろん事業自体は地域のためになるものですが、自分自身がその魅力を100%確信して語り切れているかというと、どこか距離を感じていました」 居住環境の変化を機に転職活動をする中で、ジモティーと出会います。 「加藤さん(社長)の話を聞いた時、ジモティーが目指している未来の姿が、自分の中ですごく自然に腑に落ちました。『地域に根ざしたインフラを作る』というビジョンが、単なる綺麗事ではなく、事業の成長と直結して語られていたんです。ここでなら、自分の言葉で自信を持って求職者に魅力を伝えられると確信しました」 さらに、会社規模も重要な要素でした。組織がまだ大きくないからこそ、決められたルーティンをこなすのではなく、会社のフェーズに合わせて考えていかなければならない。その「マルチに動ける環境」で組織づくりに挑戦できる、そう考えたのが、入社の大きな決め手でした。 ――「ジモティーで活躍する人」の共通点 人事として日々多くの候補者と向き合う中で、阿久澤さんが「この人はジモティーにフィットしそうだな」と直感的に感じる共通点があるといいます。 「もちろん、役割によって求められるスキルは異なりますが、メンバークラスの採用で特に感じるのは『素直さ』と『バイタリティ』の重要性です。例えば、最近入社したメンバーを見ていても、自分の守備範囲を決めつけず、『事業成長のため、自分の成長のためなら何でもやります』という姿勢を強く持っている。そういう方を見ると、今のジモティーのフェーズに非常にマッチしていると感じます」 また、阿久澤さんは「もし入社後にミスマッチが起きるとしたら」という視点でも率直に語ります。 「『やりたいことが限定されている方』や『決められたタスクをこなすのが得意』という方は少しギャップを感じてしまうかもしれません。逆に言えば、白紙の状態で『何から始めようか』とワクワクできる人には、これ以上ない成長環境だと思います。」 社員数が少なく、1人1人の守備範囲が広いからこそ、矢面で打席に立つ回数も多い。その分、成長機会があるといいます。 ――「組織が強いから、サービスが伸びる」と言われる会社へ 今、阿久澤さんが人事の側面から目指しているのは、ジモティーという会社を「ここで働くこと自体が、その人の価値になる組織」にすることです。 「条件や待遇だけではなく、『ジモティーで働いていること』自体に意義を感じてもらえるような会社にしたいんです。例えば、社会から『ジモティーのサービスはすごいね』と言われたとき、『それはプロダクトが強いからだよね』と片付けられるのではなく、『いや、それを支えている組織や人が強いから伸びているんだよ』と言われるような状態を目指したい。そう周囲から評価されるような組織でありたいと思っています」 「人事は経営に寄り添うような立ち位置であるべきだと思っています。会社が向かう先を理解し、それを実現するための基盤を人事の仕組みとして整えていく。ジモティーで働く意義を一人ひとりが感じられ、その結果として周囲からも『あの組織は強いよね』と認められる——そんな未来を、皆と一緒に作り上げていきたいですね」
結果だけ追いかけて、気づいたこと。経済成長と社会貢献の両立を目指して
――営業の「頂点」から見えた、フランチャイズという世界 野村さんのキャリアは、今で言うスタートアップ規模のベンチャーから始まりました。目に入った店やオフィスに片っ端から飛び込む、極めてハードな日々です。 「当時は営業の腕を磨くことに必死でした。泥臭いやり方でしたが、数をこなすうちに『業種によって響くポイントが違う』という肌感覚が磨かれました。結果、営業成績1位となり、20代前半でチームのまとめ役を任されました」 トップセールスとして順風満帆に見えた野村さんに、転機が訪れます。あるとき、先輩から「物売りは簡単だ。本当に難しいのは、影も形もないものを売る営業だよ」と告げられたのです。 「『何千万円もの投資を、目に見えない事業パッケージに対して決断してもらう』というFC(フランチャイズ)営業の難易度は、当時の僕にとって最高の挑戦に見えました。営業としてのプライドを刺激され、当時勢いのあった飲食FC展開企業へと飛び込みました」 ――マネジメントの挫折と、その先の気づき 自信満々で飛び込んだFC営業の世界でしたが、大手金融やコンサル出身の強豪が並ぶ中、野村さんは「実績のない若造」と冷ややかな視線を向けられていました。 しかし、野村さんは圧倒的な成績を叩き出し、いきなり営業責任者に抜擢されます。そこで壁にぶつかります。担当部署のメンバーの大半が一斉に離職してしまったのです。 「ショックでしたが、自分のやり方に問題があったんだと直感しました。当時は体系的なマネジメントも知らず、とにかく結果だけを求めていた。それだけじゃ人はついてこないんですよね」 野村さんは、残ったメンバーや退職したメンバーと一人ずつ飲みに行き、本音を聞いて回りました。 「何度も話すうちに本当のことを話してくれるようになって。一番刺さったのは、ある若いメンバーの『この人のために頑張りたい、と思える人じゃなかった』というひと言でした。スキルや収入以前に、結局は『あの人と一緒に働きたいか』。それが分かっていなかったんです」 この気づきは今も、野村さんのマネジメントスタイルの中心にあります。 ――「文化形成」が「経済」を強くする 野村さんが次に向かったのは、理念を大切にするスープストックトーキョーでした。ここでの経験が、彼のビジネス観に決定的な変化をもたらします。 入社して出会ったのは、社会課題を起点に事業を考える人たちでした。 「当時の僕にとっての正義は利益の最大化でした。しかし、独自の『食文化』を育みながらファンを増やすプロセスを間近で見て、衝撃を受けました」 「無添加のファストフード」「女性一人でも入れる店」といった発想から生まれたサービスが、多くの人に必要とされていました。 「文化形成や社会課題の解決を真剣に行う会社は、実は強い。同じ価値観の味方が増えていくからです。一方で、理念だけでも続かない。事業を広げる力がないと、良いこともいつか限界が来る。両方を本気でやり続けることが、本当に強い会社をつくるんだと思うようになりました」 この経験が、野村さんの中に「文化形成と経済成長の両立」という軸を生みました。 ――なぜ、ジモティーに入社したのか 次に野村さんが目指したのは、「社会インフラ」を自らの手で「文化」として定着させることでした。その最適解として辿り着いたのがジモティーです。 「ジモティーって、『文化形成』と『経済成長』のこの両立にすごいこだわっているし、実際に成立させている。僕はこれまで培ってきた営業力だったり、FC開発の知見というものを、今までとは違う、そういうことに使いたいなと思いました。」 「自分の力を、社会のために使いたい。これまで得た経験や知恵を使って、このインフラを全国に広げていく。それが僕の今の役割だと思っています」 ――恩返しとしての挑戦 最後に、これからの目標について語ってくれました。 「全国どこでもこのサービスが運用され、地域や個人の課題が解決されている実感が持てる状態にしたい。そのためには拠点を増やすことが急務です。自分がこういう仕事をできているのはラッキー。だからこそ、何かしら返していきたい。恩返しの気持ちが強いんです」
「死ぬ時に『いい仕事したな』と思いたい」設立4ヶ月のジモティーに飛び込んで15年
――入社したきっかけ 鈴木さんは大学院修了後、日本電気株式会社に入社。グループの研修会社でプログラミング講師として6年間働きました。開発にも関わってみたいという想いから転職を考え始めた頃、東日本大震災が起きます。 「あの頃って、日本全体にかなり重い空気があったと思うんですよね。それまでは正直、開発ができればどこでもいいかなと思っていたんですけど、どうせやるなら、社会に貢献できてる感覚があるサービスをやってみたいなと思うようになりました。なので、生活に役立ちそうなサービスを中心に探していました。」 そんな時に紹介されたのが、設立からわずか2ヶ月のジモティー。 「当時は手作り感満載のサイトで、逆にやれることが多そうだとワクワクしました。面接で社長から『半年後に会社があるかわからない』と念押しされましたが、面白そうという直感を優先しました。」 ――エンジニアである前に、ビジネスマンであれ 「初期の頃、経験豊富なエンジニアの方に、技術顧問のような形で関わってもらっていた時期がありました。その方に言われたのが『エンジニアである前にビジネスマンであれ』という言葉です。今でも自分がメンバーに言うことがありますね。ビジネスとして成果を出すことやユーザーの課題を解決することが目的であって、技術はその手段。目的と手段を違えるな、ということだと思っています。」 その姿勢は、チーム内のコミュニケーションにも反映されています。 「システムへの要望がある人の話をよく聞いて、ユーザーやビジネスチームが抱えている本質的な課題が何なのかをまず突き止めます。その上で、その課題をどう解決するかを一緒に考えます。課題解決が目的なので、手段にはこだわりません。複数案を出して、比較検討して一番良さそうなものを選びます。結論、『開発なしで良い』となることも普通にあります。運用ルールを変えるだけで解決するなら、その方が『早い・うまい・安い』となることも多いので。」 この文化があるからこそ、ジモティーのエンジニアはビジネス側の視点も自然と吸収していきます。ディレクション領域に染み出すエンジニアが多いのも、その表れです。 活躍しているエンジニアの共通点を聞くと、「素直さ」という言葉が返ってきました。 「フィードバックをちゃんと受け取って、自分なりに消化しながら改善を続けられる人は強いと思います。あと、あまり『これは自分の担当じゃないです』と線を引きすぎない人ですかね。必要なら未知の技術も触るし、ディレクションもやるし、ユーザーのことも考える、みたいな。新しいことに興味を持って、とりあえず挑戦してみる人は、やっぱり活躍している印象があります。」 AIによって仕事の進め方そのものが急速に変化していく時代だからこそ、特定領域だけに閉じず、さまざまなことに興味を持ちながら変化そのものを楽しめる人が強いと考えています。 ――AIで、施策立案のスピードを上げる 今、エンジニア組織として特に力を入れているのがAIの活用です。開発にはClaude Codeを導入し、実装のスピードは大きく上がりました。次の課題は、その上流にある「施策立案」のスピードを上げることだといいます。 「実装自体はAIのおかげでかなり速くなったんですけど、次は『どこに課題があるのか』とか、『次に何をやるべきか』を考える部分がボトルネックになってくると思っています。なので今は、AIを使って、社内に蓄積されているデータや情報に専門知識がなくてもアクセスしやすい状態を作って、現場から経営まで、もっと早く課題やチャンスに気づけるようにしたいなと思っています。」 ――「いい仕事したな」と思える仕事 「新幹線を開通させた人たちってかっこいいじゃないですか。何十年も普通にインフラとして使われ続けていて。そういうのに関わってきた人たちって、多分『いい仕事したなー』って思ってると思うんですよね。ジモティーも、そういうものになれるんじゃないかと思っています。」 今、自分たちが作っているものが、10年後・20年後の日本社会に残る仕組みになるかもしれない。そういうものに関われていることが鈴木さんにとって大きなモチベーションになっているようです。
「誰もが豊かに暮らせるフェアな社会へ」。創業メンバーが貫く、ジモティーの本質
――ジモティー黎明期からここまでの12年間 大学卒業後、小野さんは設立したばかりのジモティーで働き始めました。 「私が入社した時は、本当にサービスができたてほやほやの時でした。公園に行って主婦の方に声をかけてみたり、大学に行ってビラを配ったりなど草の根活動をしていました。『ジモティーっていうんですけど、、、』って言いながら(笑)」 当時のジモティーは社員も十数人ほど。とにかく使ってもらう人を増やすための活動と、サイトの機能を作るディレクション業務を並行してこなしていました。 その後は一度ジモティーを退職し、そして再び戻ってきてから今日まで、12年以上。ここまで続けることができた理由を聞くと、小野さんはシンプルにこう言いました。 「社長の加藤さんが描くビジョンが素敵で、それを実現するための1番のパートナーでありたいっていう気持ちが強いからだと思います。」 加藤さんのどんなところを尊敬しているか聞くと、「ピュアさ」という言葉が返ってきました。 「この10何年、世の中にいいことしようっていうビジョンが全く変わっていないんですよ。世の中を良くしようって本気で議論する社長って、そんなに多くない気がしていて。そのピュアさが本物だから、続けていられるんだと思います。」 ――「お金」以外の価値尺度を社会へ 小野さんが今、メディア事業を通じて目指しているのは、単なるサービス拡大ではなく、誰もが豊かに暮らせるフェアな社会の実現です。 「資本主義が加速していくと、どうしても富めるものがより富むという構図になります。しかし、私たちが作っているのは、その対極にある『セーフティネット』のような存在です。格差是正という言葉を使うと堅苦しいですが、お金という尺度だけでなく、他の価値基準で誰かが助かり、誰かが感謝される。そんな行政の代替機能も持ち合わせるような公共性の高いサービスをインフラとして定着させたいんです。」 そう語る小野さんは、具体的なイメージをこう描きます。 「誰にも価値がないと思われがちな『未活用資産』を可視化し、循環させることで、社会全体の感謝の総量を増やしていく。たとえば、定年退職したシニアの方が持つ豊かな知識や経験と時間、あるいは誰かの家に眠っている『まだ使えるもの』。そうした、十分に活かされていないけれど本当は誰かを助けられるヒト・モノ・コトを地域の中で繋げることこそが、ジモティーの価値であり使命だと思っています。」 ――「Don! Baang! Gyuuu!」を体現する仲間 今後、組織をさらに拡大させていく中で、小野さんが一緒に働きたいと感じるのは、ジモティーのバリューを高い次元で発揮できる人物です。 「ジモティーには、Don!(大胆な挑戦)、Baang!(圧倒的当事者意識)、Gyuuu!(本質的な成果へのこだわり)という3つの行動指針があります。これらをバランスよく、あるいはどれか一つでも突出して持っている方は、今のジモティーで非常に大きなバリューを発揮できるはずです。」 具体的にイメージされるのは、未経験から入社し、今や中心人物として活躍している、ある社員の姿だといいます。 「例えば、エンジニア部に未経験で入社し、その後ディレクターとしても圧倒的な成果を出しているメンバーがいます。彼はまさに『Baang!』が強く、どんな困難な課題でも自ら拾いに行き、粘り強く形にしていく。そうして挑戦を続ける中で、自ずと『Don!』や『Gyuuu!』の精度も上がり、活躍の幅を広げていきました。」 小野さんが重視するのは、今のスキルセット以上に、未知の領域に対して自分の守備範囲を決めつけずに飛び込めるマインドセットです。 ――執行役員として大切にしていること 最後に、小野さんが働く上で譲れない「軸」について尋ねました。 「常に『なぜこれをやるのか?』を問い続けることです。それは単に事業として儲かるかではなく、世の中にとって本当に意味があることか、そしてジモティーでなければならないことか。誰もやらないけれど、なくては皆が困ってしまうもの。そうした領域を、私たちはテクノロジーと仕組みの力で解決していきたいと思っています。」
