理学療法士を志し、平成医療福祉グループへ入った経緯を教えてください。
子供の頃から野球を続けていましたが、怪我が多く、選手として思うようにプレーできない時期がありました。高校野球の監督になりたいと考えていたので、大学では体育学部へ進み、保健体育の教員免許も取得しています。 卒業後は、2年ほど「体操のお兄さん」のような仕事をしていました。その仕事をする中で、怪我をした方や思うように身体を動かせない高齢の方と接し、身体についてもっと勉強したいと思うようになったんです。そこで仕事を辞め、専門学校で学び直して理学療法士になりました。 最初の勤務先に選んだのが、平成医療福祉グループの病院です。私は神戸周辺で育ちましたが、元々田舎が好きで、淡路島にある病院という点に惹かれました。求人があり、給与等の条件も良かったので、あまり深く考えずに選んだ、というのが正直なところです。 それから21年、平成医療福祉グループで働いてきました。最初の3年ほどは臨床に専念し、その後、組織や病院全体を見る役割へ少しずつ移っていきました。患者さんと向き合う仕事が好きですし、理学療法士として現場に立った経験は、現在の仕事でも生かせています。
リハビリの臨床から病院運営へ役割を広げる中で、どのような経験をしてきましたか?
臨床を始めて数年たった頃、管理部門の仕事をやってみないかと声をかけられました。正直、最初はやりたくなかったんです。現場で患者さんと向き合う仕事が好きだったので。ただ、リハビリ部門の運営に課題を抱えていた大阪の病院へ移り、施設運営に携わることになりました。その後、現在の会長、当時の代表から「おもろいやつがいる」と目を留めてもらったこともきっかけになり、やがて病院業務全体を見る役割を任されました。 当時、看護部長や事務長とは別に、診療以外の業務全般を動かす新しいポジションをつくろうとしていました。医師の発言力が大きい環境の中で、医師とも対等に議論できる人が必要だという考えから生まれた役割でした。私は臨床が好きだったので、午前中は患者さんを担当し、午後から管理業務に取り組む生活を2年ほど続けました。医師と意見がぶつかり、よく喧嘩もしましたが、病院を一つのチームとして動かす面白さを知った時期でもあります。 その後、グループがM&Aによって拠点を広げる中で、関東の病院や施設の立ち上げに携わりました。一つの現場が落ち着けば次の拠点へ移る、いわば立ち上げの専門要員のような働き方です。関西へ戻ってからは病院の建て替え等にも関わり、事務長を務める期間が長くなりました。 その頃から、自分が現場を動かし続けるより、次を担う人を育てることを意識するようになりました。医師の下で指示を受けるだけでなく、経営や組織の視点を持って並んで話せる人を増やす。そうした人材が各地域で育ったことが、私自身の次の役割を考えるきっかけになりました。
長く医療部門にいた平田さんが、介護福祉事業部へ移ったのはなぜですか?
介護福祉事業部へ移ったのは、約1年半前です。それまでは医療部門で病院の立ち上げや運営に携わってきました。各地で事務長やエリアを担う人材が育ち、医療部門の体制が少しずつ整うにつれ、「自分はこのままでいいのだろうか」という思いが生まれていました。 そこで介護福祉部門へ目を向けると、まだ動かせることが沢山あるように見えたんです。停滞している部分もありましたが、ここを前へ進められたら面白そうだと感じ、代表に「介護福祉の方もやってみたい」と自分から伝えました。医療と介護福祉は同じグループにありながら、長く別々に動いてきた面があります。私は医療側の施設や人を知っているので、その間を繋ぐ役割も担えると考えました。 「脱・介護施設化」という考え方自体は、私が来る前からありました。現場にも、こうしたい、こんなことをやりたいという思いが既にあったんです。けれど、川の流れに網がかかっているように、何かに引っかかって先へ進みにくくなっていた。私がその網を外すと、溜まっていたものが一気に流れ出した。新しい流れを一から生み出したのではなく、既にあった流れを解放するのが私の役目だったと思っています。 実際に介護福祉へ移ると、医療とは異なる物の見方や、現場で積み重ねられてきた知恵に触れました。医療で得た経験を持ち込みながら、介護福祉から医療へ返せるものも見つけていく。その往復によって、グループ全体の可能性を広げたいと考えています。
仕事や組織づくりで「面白がる」ことを大切にしているのはなぜですか?
何かを選ぶ時には、「おもろいか、おもろくないかでいえば、おもろい方を選ぼう」とチームメンバーには話しています。介護福祉事業部を担う私達自身が楽しそうに仕事をしていなければ、一緒に働きたいと思う人は増えません。働く人が楽しめていない場所から、良いサービスが生まれるとも思えないんです。 「ワークアズライフ」という考え方に共感し、メンバーとも共有しています。「ワークライフバランス」が働き方の中心になり、人は仕事と生活を分けて考えがちです。しかし、仕事は生活の一部。無理に分けるのではなく、仕事も含めた人生を楽しみたいという考え方です。仕事で得た視点が日々の生活に入り、家族との関わりや散歩中の気付きが仕事のヒントになる。仕事と生活を完全に切り分けるより、互いに影響し合う方が、毎日を面白くできると考えています。 介護は感情を伴う仕事です。思いどおりに進まなければ、苛立ちや怒りが生まれることもあります。利用者さんへ感情をぶつけて良いわけではありませんが、感情そのものをなくす必要はありません。怒りが生まれる場所には、その人が大切にしていることや、譲れないこだわりが隠れています。誰かに話し、チームで受け止めながら、その感情を次の工夫へ変えていくことが重要です。 一緒に働く人が何を大切にし、どこにこだわりを持つのかを知ることも、チームづくりの一部です。正解を出すことだけに急がず、違和感や感情を持ち寄って、もっと良い方法を考える。その過程まで面白がれる組織にしたいと思っています。
これから介護福祉事業部へ加わる方と、どのようなチームをつくりたいですか?
今回迎えたいのは、既にある仕事を同じ方法で続ける人ではありません。事業推進や広報、人材育成等、それぞれの分野で経験を積んだ方に加わっていただき、これまで介護福祉事業部になかった視点や方法を持ち込んでほしいと考えています。 施設の中にいると、毎日の仕事が当たり前になり、自分達が行っている良い取り組みに気付けないことがあります。反対に、長く続いてきた方法へ違和感を持ちにくくなることもあります。異なる業界を知る方なら、「なぜ、この時間に行うのか」「別のやり方はないのか」と、違う角度から問いを立てられるはずです。 外から来た人が正解を持っている、という意味ではありません。本部の中だけで企画をつくり、現場へ押し付けても変化は続かないでしょう。どの職種であっても本社に座り続けるのではなく、いろいろな施設を訪ね歩いてほしい。今のやり方が生まれた理由や、そこで働く人の大変さを知ることが欠かせません。その上で変化のきっかけを持ち込み、現場の人にも「それなら面白そうだ」と思ってもらえる進め方を一緒に探してほしいです。 介護福祉には、これをすれば必ず上手くいくという答えがありません。だからこそ、異なる経験や得意分野を持つ人が集まる意味があります。一人では見つけられなかった方法を、チームで考え、試し、また問い直していく。そんな仲間と、今までになかった介護福祉事業部をつくりたいと思っています。