長距離トラックの運転手をすることになった経緯をお話しください。
私は、報道カメラマンだった父親の影響もあり、18歳の時にフォトグラファー(カメラマン)として活動を始めました。約5年間、飲食店等の宣材写真を撮り続けていましたが、21歳の時に、デザイン学校を卒業した実の弟と、義理の妹と私の三人でデザイン会社を立ち上げたのです。私も写真が撮れるので「クリエイティブの領域で何とかやっていけるのではないか」と考えました。 長距離トラックの運転手をすることになったのは、24歳頃のことです。友人が、父親が経営していた運送会社を継ぐことになり、「手伝ってほしい」と声をかけられたのが始まりでした。当初は事務所に勤務してバックオフィス業務か何かを手伝うものだと思っていたのですが、出勤するなり「とりあえず大型免許を取ってほしい」と言われたのです。それが長距離トラックに乗り始めたきっかけでした。 それからデザイン事務所の経営と並行して長距離トラックに乗って荷物を届けるという生活を、約5年間続けました。トラックを降りたのは、結婚して子供が生まれたからです。長距離ドライバーをしていると、なかなか家に帰ることができません。子供が生まれたことで「毎日家に帰れる生活がしたい」と強く思うようになり、降りる決断をしました。
物流DXに取り組み始めた経緯をお話しください。
トラックを降りた後、私は2019年にデザイン事務所を法人化し、しばらくはデザイン業に集中していました。物流DXを始めるきっかけとなったのは、運送会社の友人と久しぶりに会って話したことでした。彼も子供が生まれたのを機に、社長業に専念するためにトラックを降りていました。「やっぱり子供が生まれると、毎日家に帰りたくなるよな」なんて話をする中で、「そもそも、なぜ運送業界ではみんなが毎日家に帰れないのか」という話に及びました。その時私達がたどり着いたのが、業界に根強く残る構造上の問題です。 自分がドライバーだった頃を思い返すと、運送業界には非常に複雑な多重下請け構造が存在していました。そのため、ドライバーが運行中に何か分からないことがあって確認しようとすると尋常ではない手間暇がかかります。運行に当たって渡される手書きの指示書に書いてあるのは、直接の依頼主の連絡先だけです。発注者側は自社がいくらで請け負っているかを発注先に知られたくないので、自社のフォーマットで指示書を書き直すという作業が発生していたのです。 乗っている時はそれが当たり前だと思っていましたが、客観的に考えると「これらは全てデジタル化で解決できる無駄だ」と気付きました。受発注をデジタル化して、一次請けも七次請けも関係なく、全員が共通のデータに直接アクセスできるようになれば、それまで発生していたドライバーの拘束時間を大幅に短縮でき、少しでも早く家に帰れるようになるかもしれない。そう考えて、まずは受発注のデジタル化から物流DXへ取り組むことを決めました。 ただこういった業界構造上に由来する無駄を省くには、荷主から最下流の下請けまでサプライチェーン全体を巻き込む必要があります。そこで資金力のない零細企業でも、発注先の要望を受けた時に気軽に導入できるよう、フリーミアムのビジネスモデルを採用しました。個社の業務効率化を目指すシステムはいくつも存在しますが、それで成功している事例はほとんどありません。しかし当社はこれまでに7億円近くの資金調達ができていますので、このビジネスモデルを採用したことは間違いではなかったと確信していますし、業界構造の変革というビジョンを達成できる可能性は十分にあると考えています。
デザイン業を辞めて物流DXに集中するという決断に、迷いはありませんでしたか。
デザイン業から物流DXへ完全にシフトしようと決断した最大の理由は、かつてのドライバー仲間達の「家に帰りたい」という切実な思いを無視できなかったからです。現場の声を聞くうちに「これは誰かが解決しなければならない問題。誰もやらないなら、自分がやろう」という強い使命感が湧いてきました。また、課題が山積していて自分達の手でいくらでも変えていける物流業界の変革に挑む方が、代理店の下請けデザインを続けるよりも圧倒的に面白いと確信したことも、決断を後押ししました。 元々、デザイナーの弟とは、デザイン業をこのまま続けるかどうかという話はしていました。その中で「このままでも食べてはいけるが、面白くない。社会のためになる事業を始めたい」という一致した思いを持っていました。だから、今も弟は私と一緒に仕事をしています。 元々デザイン会社を始めた当初は、知人のコネでアパレルショップや美容室のロゴ、内装、制服までをトータルで任せてもらい、楽しみながら仕事をしていました。しかし、メンバーが増えて安定した収入が必要になると、広告代理店経由の仕事が増え、指示通りに作業するだけの業務が多くなっていったのです。自分達で「考える(設計する)」仕事ではなく、ただ指示書に沿って「組み立てる」だけの仕事に変わったことで「これなら、うちじゃなくてもいいじゃないか」とジレンマを感じていました。 それまで受けていたデザインの仕事は、当時手伝ってもらっていたフリーのデザイナー達に引き継ぎ、スムーズに物流DXの事業に移行することができました。
『LIFTI』の導入社数は約200社。サービスの成長スピードはスケジュール通りですか?
今はまだ仕込みの段階です。これまでも、あえて大々的なマーケティングは行わず、営業メンバーを増員して無理に拡販するようなこともしてきませんでした。まずはプロダクトを磨くために、現場で使ってもらいながら検証を重ね、改善を続けてきました。 そうやって検証を重ねてきたことで、プロダクトは自信を持ってお届けできるレベルにまで改善することができたと感じています。『LIFTI』は中小零細の運送会社でも導入しやすいサービスとして開発を始めましたが、最近は大手グループへの導入も決まったのです。合わせて協力会社への導入も進んだため、一気にユーザー数を増やすきっかけにもなりました。最上流の大手顧客に導入してもらって下流に広げるという普及モデルは非常に理想的です。大手運送会社に採用されたことは自信にも繋がっています。 今後は、この大手顧客との取り組みも参考にしながら年内には検証フェーズを終える予定です。2026年9月から自社グループで中継輸送の取り組みを本格化させ、数カ月間で実証データを蓄積し、それをフックに荷主企業への提案営業を開始します。今年中に本格的な拡販に向けて「ギアを入れる体制」を整え、5年後の上場(IPO)も視野に入れ、一気に普及させたいと考えています。
転職者へのメッセージをお願いします。
この事業は、私自身の経験に基づく「ドライバーが家に帰れるようにしたい」という思いからスタートしました。ドライバーの皆さんが、毎日家に帰れる環境を実現することは、最終的に物流業界全体を良くすることに直結します。 今の若い世代は、お金を稼ぐことよりも時間やワークライフバランスを非常に重視しています。今はプライベートが充実している人が多いですし、動画サイトの視聴やゲーム等、お金をかけなくても楽しく遊べる手段が沢山あります。特に20代前半の若い人達は「稼ぎたい」という欲ではなく、「土日は絶対に休みがいい」「残業はしたくない」「給料はそこそこもらえたらいい」という価値観で生きています。そうした人達に対して、「家には帰れないけれど、その分めちゃくちゃ稼げるよ」と言ったところで、就業意欲には繋がりません。実際、私の周りにも「トラックに乗りたい」と言う友達は一人もいません。 深刻な高齢化が進み、「働き手がいない」と悩む物流業界が今後も持続していくためには、そうした若い世代が働きやすいように「毎日家に帰れる働き方」を実現することが非常に重要であると考えています。 この運送業界はまだまだ解決しなければならない課題が山積しています。それは裏を返せば、自分達の手で新しいインフラを創り出していけるチャンスでもあります。これまでの古い慣習にとらわれず、まっさらな視点で「型破りな発想」ができる方にぜひご入社いただきたいと思っています。醍醐味あふれるチャレンジを一緒に楽しめる方のご応募をお待ちしています。
