17年間培ってきた私のCADの技術が活用できる!面接で代表の夢を聞いて「この人の下で働きたい!」と即座に入社を決めました。
私は、業界内転職をして当社に入社しました。東京都日野市にある設計会社で金型設計に17年間携わりました。アジア圏で高品質の金型が安価で設計されるようになり、日本の金型が勢いを失い、前職の会社も金型設計専門の会社だったため、会社は頭打ち状態になりました。今後のキャリアを考えて転職先を模索した中で、当社に出会いました。面接で代表の夢を聞いて「この人の下で働きたい!」と思いました。 当時、代表が語ってくれたのが、現在事業化を進めている金型設計のDX。私が使っていたCADのメーカーと組んで、金型設計の省力化を実現するプロジェクトが進行していることを知り、17年間培ってきた私のCADの技術が形を変えて活用できると衝撃を受けて、即座に入社を決めました。 現在は、金型設計の自動化ソフトウェアの開発プロジェクトを担当しています。サプライヤーとCADメーカーの間に入って、専用のCADシステムの開発にチャレンジしています。今までのCADの概念を覆すようなソフトウェアなので、サプライヤーもCADメーカーの両方から意見を求められるコンサルタントのようなポジションです。
小学生の頃からクルマが大好き。アイエントは小さな会社ですが、クルマを陰で支える仕事にやりがいを見出し、入社を決めました。
小学生の頃からクルマが大好きで、自動車専門学校の開発エンジニア学科で学び、当社に新卒入社しました。当社は小さな会社ですし、金型設計の世界は表からは見えない地味な職種ですが、自動車製造になくてはならない存在。大好きなクルマを陰で支える仕事にやりがいを見出せそうだと感じて、入社を決めました。 最初の5年間は「NCデータ」の生成に携わってきました。設計書に沿って工作機械を動かすデータを作る仕事です。現在は、CAE解析を担当しています。金型設計の上流に当たる工程で、デザイナーの要望通りに金型を使って成形できるか検証する役割を担っています。CAE解析の面白い点は、何事も思い通りにいかないこと。できると思っていたことができなかったり、反対にできないと思って試したものがスムーズにできたり。何が正解か分からないため、毎日試行錯誤の連続です。日々新しい発見があって、次に繋がっている実感があります。
金型設計は、やり方に正解がないため、設計のアプローチは人によってまちまち。他の人の設計の仕方を学ぶのも面白いです。
モノづくりの上流の仕事に携わりたいと考え、自動車部品メーカーでのライン作業から、当社へ転身しました。工場での作業が同じことの繰り返しで、それに飽きてしまい、今後のキャリアも考えて金型設計の仕事にチャレンジしようと決めました。 現在は、自動車のドアを生産する金型の設計を担当しています。金型設計は、自分で考えて進める仕事。やり方に正解がないため、設計のアプローチは人によってまちまちです。そのため、作業をしていても飽きません。他の人の設計の仕方を学ぶのも面白いです。前職とは違って、やりがいを感じています。とはいえ、まだ周囲のサポートを受けながら作業を進めている状態。仕事に慣れて早く一人前になりたいと思っています。
ホンダの人は、若かった私にも丁寧に接してくれました。それ以来、私は「ホンダ」のファンになり、今も取引が続いています。
石川県にある自動車関連のサプライヤーで働いていました。100名に満たない小さな会社でしたが、設計部のマンパワーに余裕があったため、設計のアウトソーシング事業を社長に提案し、事業化しました。当時は、設計のアウトソーシング事業を手掛ける企業が少なく、新たに始めた事業は、順調に成長しました。事業を包括的に見るポジションだったこともあり、ヒト・カネ・モノの管理と実務を経験し、独立してやっていけそうなので埼玉県に移住して、当社を立ち上げました。 埼玉県で会社を設立したのは「ホンダ」と仕事をしたかったから。前職でもホンダと取引があり、仕事の中でホンダイズムを感じ、独立後も一緒に仕事をしたいと思いました。若い頃、飛行機トラブルがあった関係でホンダの人達を社長が接待できなくなり、代わりに若輩者の私がその役をすることになりました。緊張しながらお酌をしようとしたところ拒否され、反対にお酒を注いでくれました。取引先の大メーカーであるホンダの人に良くしてもらい、その理由を尋ねたところ、「君はホンダ車に乗っている。ということは、私のお客様です」とのこと。当時は今よりも上下関係が激しい時代。メーカーの担当者は踏ん反り返っているのが普通でした。けれども、ホンダの人は、社会人になったばかりの私にも丁寧に接してくれました。それ以来、私は「ホンダ」のファンになり、今も取引が続いています。