ご入社から副社長にご就任されるまで、どのようなことを考えて取り組んでこられましたか。
私は当社に経理担当として入社しました。その際、社員達が、パソコンが目の前にあるにもかかわらず、手作業で仕事をしている姿を見て、それまでいかに自分が恵まれた環境で仕事をしてきたかに気が付くと同時に、物流業界が遅れた業界であることを痛感し、危機感を持ちました。当時既に物流業界の「2024年問題」は社会問題化しており、この状況を変えなければいけないと思いました。 ただ当時は危機感を抱いたものの、一緒に次の一手を考えられる仲間がまだ十分にいないと感じていたので、まずは経理部門から改善を進める傍ら、経営やマネジメント等の勉強を始めました。私は元々、今自分にできるベストを尽くしたいタイプです。当時、1年間で120冊ほど本を読みました。特にメンターをしてくださった税理士の先生に勧められたドラッカーや、森信三氏の『修身教授録』、尊敬する運送業の社長の方からプレゼントしていただいた『致知』という雑誌を読みながら「何故生きているのか」、「自分は何のために生まれたのか」、「私はこの会社に入って何をするのか」を真剣に考えました。 そんな中、会社の経営にとって、経営理念が重要であると気づきました。当時、当社には経営理念がありませんでしたが、父である創業者(CEO)が、お客様や金融機関などと話しているのを聞くうちに、どのようなことを考えて会社を経営しているのか、どのようなビジョンを描いているのかを感じるようになりました。 創業者が大切にしてきた考えを知り、私も役に立てるよう筋肉質な財務体質にしなければいけないと思い、経営理念を構築するところからスタートしました。父が大切にしてきた価値観を言語化するのは至難の業でした。 私には弟が二人います。二人とも私よりも先に入社し、現場で仕事をしていました。創業者から「三人で仲良く経営をしなさい」と言われるのですが、三人とも性格が違いますので、仲良くやるというのは簡単なことではありません。目指すべき方向性を言語化して、話し合って役割を決め、明確に責任分担をしなければ、「誰かがやってくれるだろう」となってしまいがちです。そうならないよう、誰かが厳しいことを言う役割を引き受けなければなりません。イオングループを創設された小島千鶴子さんは、岡田屋(ジャスコの前身)を営まれていた時に、「戦後はお金の価値が下がる」と先見の目を持って、全財産を物資に換え、それを売って新しいお金にして岡田屋を守り、会社と社員、そして岡田卓也さんを育てました。私は私自身をそのような役割だと思ってやってきて、今は副社長として仕事をしています。
いずれは社長を引き継がれるご予定ですか。
それは未定ですが、私は昨年(2024年)ホールディングスを設立し、そこでは代表を務めています。 ホールディングスを設立した目的は、同族経営で起こりがちな弊害を未然に防ぐためです。同族経営を続けていくと、関わる親族が増えます。両親と兄弟だけのうちは幼い頃から同じ環境で育った人間同士なので、意思疎通は比較的難しくありません。ところが孫の代になると様々な考えを持った人間が集まってきて、その中に権利だけを主張する人がいれば、様々な揉め事が生じ始めます。そうならないよう、誰にでもチャンスが与えられる環境を用意する一方で、ルールを決めておくことが、ファミリービジネスを成功させる秘訣だと考えています。今後、親族かどうかにかかわらず、我々の従業員の子供を含めて、能力のある優秀な人材が出てくるかもしれません。そのような人材を支援し、新しいビジネスに取り組みやすい環境、経営者が育ちやすい土台をつくっていきたいと考えています。 “同族経営”というと日本ではあまり良い評価を受けませんが、同族経営の良いところは、事業で得た利益を100%自分達が正しいと思うことに使えるところにあります。当社の創業者の場合は、事業を大きくするために個人所有の財産は全く増やしてきませんでした。私より公、私利私欲より事業欲を優先し、従業員に利益を分配することだけを考えてきたのです。私は、そんな創業者を助けたい一心でここまできました。 超長期ビジョンで、日本にとって本当に良いと思えることを選べる、人にとって本当に良いことができる。小規模でもできることがある。それがファミリービジネスの素晴らしいところですが、規模が大きいほど、できることは増えます。私はそれがすごく楽しくて、やりがいを感じています。 創業者のやり方と、我々承継者のやり方は、見た目は違いますが、その人の希望と可能性に基づいて役を割り与えるいう部分は共通しています。一生懸命頑張れる目標を共有して真剣に仕事に取り組んでもらえるよう、活躍できる場所を与え、誇りに思いながら仕事をしてもらえる環境をつくることが目標です。
御社が目指すDXとはどういうものですか。
私がDX推進室を立ち上げた際、DX室長にお願いしたことは、社員一人ひとりの経験や知恵を、チーム全体で共有し活かせる仕組みをつくっていくことです。運送会社には感覚的なノウハウや俗人化された知識(暗黙知)が大量に蓄積されています。ドライバー一人ひとりが職人のようなものですので、仕事を依頼すれば、彼らは自身の中にある暗黙知で出発地点から目的地まで安全に運行することができます。私が1から100まで説明してもらわないといけないことも、配車担当者とドライバーの間で話せば阿吽の呼吸で分かってしまうような業界です。 しかし事業承継していこうとすれば、そういった個人の暗黙知に頼らず、新しい人が入ってきても分かるよう、業務を平準化しなければなりません。そのためにはITやデジタルを駆使して暗黙知を拾い出し、データ化して、経営判断に必要な数字や状況をリアルタイムに確認する必要があります。 事故が起きて3日後に報告が上がり、1カ月後に反省するといった長いリードタイムでやり取りをしていると、本人も現場も疲弊しますし、忘れてしまいます。しかし今はデジタコで運行情報をリアルタイムで見られますし、カメラの映像もクラウドでリアルタイムに見られるものが多くなっています。事故が起きたり、クレームが入ったりした時に、運行管理者が即座に分析できるようになっていて、分析したものをすぐにドライバーにフィードバックできるようになっています。 そういった仕組みを、お金をかけて導入しても、現場が使いこなせなければ宝の持ち腐れになってしまいます。そうならないよう、暗黙知を形式知化して、現場の人に勉強して生かしていってもらえるような組織風土、文化をつくることが必須です。そういったところにDX推進室が、業務改善をリードする立場で関わってもらいたいと考えました。 当社が目指しているのは、ドライバーの社会的地位の向上です。誰が運んでも一緒という業界の風潮を変えたいと考えています。「Aさんが運ぶから価値がある」、「Bさんが運ぶから価値がある」そういう業界にしたいのです。それを目指そうと思えば、暗黙知をデータ化してルールを作り、そのルールに則って仕事をしてもらうことが必要です。管理や監視ではなく、彼らの力になって、スマートな働き方を実現することが目的です。所有車両台数が20台から30台の会社では、大手荷主さんと対等な立場でのビジネスはできません。巨人と戦うには巨人にならなければいけません。巨人になろうと思えば、データ化、見える化、マニュアル化、標準化を進める必要があります。そしてその標準化した業務の中から、イレギュラーな対応ができる人材を育て、会社対会社の交渉ができるようになることを目指しています。
「2024年問題」への備えも早い時期からできていたのですか。
私が入社した時点では「2024年問題」が来ることは分かっていました。ただ、それに対してどう対処すれば良いかということは、社内で明確になっていませんでした。このままではいけないと思い、現場の社員を説得して、賛同者を得た上で、清水の舞台から飛び降りる気持ちで高価なクラウド型のデジタコを購入してみたところ、予想以上に上手くいき始めたのです。 従来、各支店の運行担当者が提出された手書きの日報を処理する作業は、工程ごとに担当者を分けていました。しかしデジタコを導入したことで、全ての工程をマルチタスクで多機能にできるようになったため、ドライバーごとの担当制に変えて、取れたデータを使ってコミュニケーションをする時間をつくってもらったところ、円滑に進むようになりました。 長年やってきた業務を変えさせることは簡単ではありません。いくらデータはこうだと言われても腹落ちしない限り、改善する気にはなれません。しかしデータを示しながら「あなた自身のためにルールを守って運転してもらわないとあなたを守れない」という指導を行うことでコミュニケーションの質が変わり、ドライバーも「では、このように運行して労務時間を減らそう」と意識を変える者が出てきました。一気に変えることは難しいですが、数年かけて全社に浸透していきました。 現場の指導だけではありません。「Microsoft 365」を導入する際には、私から何のために導入するかを説明し、DX推進室長に毎月、会議を開いてもらって、時間をかけて浸透させていきました。コミュニケーションツールでオンライン会議をしたり、勉強会をしたり、質問を受け付けて回答してもらったり、1年間パソコン教室のようなものを開催してもらいながら社員のPCスキルの底上げもしてきました。それによってFAXや電話でのコミュニケーションから脱却できたことが、業務改善を前に進める足がかりとなってきました。
求める人物像をお話しください。
当社が求めているのは素直で誠実な方です。 私は稲盛和夫さんが説く「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という教えが好きです。どんなにスキルがあって経験がある人であっても、嫌な人とは一緒に働きたいと思えません。やはり良い人と働きたいと思います。その「良い人」というのは、その場しのぎの振る舞いではなく、常に相手のことを本気で考え、相手の利益につながる助言を、自分が損をしても厭わずに行える人のことです。 それは心がきれいでストレス耐性がなければできないことです。「Microsoft 365」を導入すると言った時に、「また面倒くさいことを言っている」と抵抗していた人も、1年経てば馴染んで使えるようになりました。その一方で、馴染んでしまえば、導入した人には感謝することはありませんし、自分達が文句を言って抵抗していたことすら忘れてしまいます。しかし確実に変わって良くなっている。その事実を喜べる人、やって良かったと思える人でなければ、DX推進の仕事は務まらないと思います。 業務改善は何をすれば、どれだけの成果が表れるのか、あらかじめ明確に分かるものでもありません。コツコツと継続する中で、一進一退を繰り返しながら、牛歩のごとく進んでいくものです。その地道な作業を耐えられるDX人材が当社の求めている人物像です。 私は承継中の身で、私が社長を務めるかどうかは未定ですが、創業者である父や、これまで長く務めていた従業員の方々から我々が受け取っているものは、目に見える会社の大きさだけではなく、現場の努力と誇りと知恵だと思っています。その現場の努力と誇りと知恵は、放っておくと消えてしまうものです。それを防ぐのがDXだと考えています。その考えに共感していただける方をお待ちしています。