ドリームビジョン株式会社を創業したきっかけを教えてください。
元々は人材派遣会社で営業をしていました。その後、専門学校で運営や就職支援に携わり、次に入ったパソコンスクールでは、受講生の就職という「出口」の部分で人材紹介や派遣の事業を展開し、その事業部でSESも始めました。事業部長まで務め、私の事業部自体はかなり大きくなったのですが、会社全体の経営が悪化して、最終的に私の事業部にいた約50人は解雇されることになりました。 私自身も、そのまま会社を辞めようと思っていたんです。でも、いいメンバーがいたんですよね。それなら自分達で会社をつくるという選択肢もあるんじゃないかと考えるようになりました。そこで、一人ひとりに「会社をつくったら一緒に来てくれる?」と聞いて回りました。エンジニアだけでなく、営業やコーディネーターも含めて、一緒にやりたいと言ってくれる仲間が集まりました。あとは事業と資金です。アクロホールディングスから出資してもらえることになり、2008年に当社を立ち上げました。
「日本一エンジニアに優しい会社」を掲げていますが、前田代表にとって「エンジニアに優しい」とは、どういうことですか?
私は、SESという働き方そのものが悪いとは思っていません。会社によって違いはありますが、自分で案件を選びながら、次に身に付けたい技術や積みたい経験を考えられる。けれど、会社から言われた案件に入るだけだったり、相談しても誰も話を聞いてくれなかったりしたら、その良さは生かせません。だから2015年に、「日本一エンジニアに優しい会社になる」と決めました。日本一と言ってしまったからには、本気でやろうと。 私自身、人材派遣会社で営業をしていた頃は、一人で100人近いスタッフを担当したことがあります。そうなると、一人ひとりが何を考えているのか、正直分からなくなってしまうんです。案件を増やすために営業チームを厚くする。仕事や職場の相談を受ける人事の専門家を雇う。技術やキャリアについて相談できるシニアマネージャーも置く。当然、固定費はかかります。「エンジニアを大切にします」と言うだけなら簡単です。本気で支えるなら、会社も人とお金を使わなければいけないと思っています。
なぜ、採用面接に2時間もかけるんですか?
ミスマッチが起きるのは、基本的に情報量の差だと思っているんです。会社側が「当社はこういう会社です」「こんな仕事があります」と簡単に説明して、「では質問はありますか」と言われても、応募する人は本当のところまでは分からないですよね。 だから私は、創業する前の話からします。どうしてこの会社をつくったのか。創業してからリーマンショックがあり、東日本大震災があり、派遣法の改正もあった。会社が厳しかった時期も含めて、これまで何があったのかを全て話します。その上で、今は何を考えていて、これから会社をどうしていきたいのかまで伝えます。そこまで話していると、結果的に2時間くらいになるんです。 会社も応募者を見ますが、応募者にも会社をしっかり見てほしい。その上で「ここでやりたい」と言ってもらえるなら、それが一番いいと思っています。誰でも入ってもらえればいい、という採用はしていません。
子会社のオールビジョン株式会社を設立した理由は?
50歳になった頃、ITとは別に、社会貢献に繋がるビジネスをやりたいという思いがありました。当社の営業もある程度ほかのメンバーに任せられるようになっていたので、自分で新しいことをやってみようと考えて、2019年に子会社のオールビジョンをつくりました。 最初に考えたのは、障がいのある方の就労移行支援です。知人が既に同じ事業を始めていて、「一緒にやろう」という話になり、実際に申請の準備まで進めました。ところが、その過程で、福祉系の国家資格を持つ人材が社内に必要だと分かったんです。当時の私達には、条件を満たす人がいませんでした。 そこで次に取り組んだのが、セクシャルマイノリティの方を対象にした職業紹介です。本当に100人以上の方と会いましたし、いろいろな企業にも足を運びました。ただ、実際に就職に繋げるのは簡単ではありませんでした。そうこうしているうちにコロナ禍になって、人と会うこと自体が難しくなり、事業を続けられなくなってしまいました。 社会貢献の事業をやりたいと思って会社までつくったのに、やろうとしたことがなかなか形にならない。正直、かなり落ち込みましたね。オールビジョンの事業は、そこで一旦止めて、今もペンディングの状態です。
社会福祉士の資格を取ったのはなぜですか?
オールビジョンの事業は止まりましたが、もうやらないと決めたわけではなかったんです。いつかもう一度動かしたい。その時に、また資格を持つ人がいないから始められない、となるくらいなら、「じゃあ、自分で取ればいいじゃないか」と思いました。 それで学校に通い直して、社会福祉士の資格を取ることにしました。もちろん、試験だけ受ければいいわけではありません。実習もあって、私は約1カ月半、朝から夕方まで八王子の施設に通いました。 実習が終わったら会社へ戻って面接をして、帰りの電車ではその日のレポートを書く。そんな生活をしばらく続けました。仕事をしながらだったので大変でしたが、なんとか社会福祉士の国家資格を取ることができました。自分でも、よくやったと思います。でも、やろうと思えばできるものなんですよね。 オールビジョンで次に何をやるかは、まだ決めていません。せっかく会社までつくって、資格も取った。社会貢献に繋がる事業には、いつかもう一度挑戦したいと思っています。
