Teslaでの経験は、その後の製品づくりにどのような影響を与えましたか?
私がTeslaへ入社したのは2012年頃です。当時は、今のように誰もが知る会社ではありませんでした。それでも、電気自動車という新しい製品には大きな可能性があると感じました。機械エンジニアとして、最上級モデルの電気自動車に使われる大型ディスプレイやカメラモジュールなどの設計に携わりました。まだ正解のないものを、実際に動く製品へ変えていく仕事でした。 そこで印象に残っているのは、週末や夜に開発車両を、社員たちが乗って帰りたがったことです。自分たちが作っている車に乗りたい。もっと使って試したい。作っている本人たちが、製品を本当に欲しいと思っているのは、なかなかないことだと思っています。開発者自身が愛着を持てる製品は、ユーザーを惹きつける力もあると学びました。 Sesameでも、同じ感覚を大切にしています。発売前の試作品を、社員が「自分が使いたい」と思う。仕事が終わった後も持ち帰りたくなる。自分たちが本当に好きになれるものを作れれば、ほかの人にも愛される製品になると信じています。
なぜ、異なる環境へ移りながら製品開発を学んできたのですか?
私は、優れた製品がどのように生まれるのかを知りたくて、スタートアップから大企業まで、異なる環境で働いてきました。 新しい会社へ入った直後は、学ぶことがたくさんあります。製品の作り方も、意思決定の方法も、チームの動き方も会社によって違う。けれど、同じ場所に長くいると、最初ほど新しいことを吸収できなくなる時期が来ます。そこで別の環境へ移り、また一から学ぶ。その繰り返しでした。 Appleでは約4年間、まだ発表されていないウェアラブル関連製品の開発に携わりました。そこで学んだ大きなことは、テクノロジーとアートをうまく結びつけることです。技術的に優れているだけでは、人が愛着を持ち、毎日使い続ける製品にはなりません。見た目や触れた時の感覚、身につけた時にどう感じるかまで含めて作る必要があります。 一般にスマートアイウェアやスマートグラスの開発では、バッテリー、カメラ、ディスプレイ等を搭載し、機能を増やす方向へ進みやすいと思います。けれども、機能を詰め込んだ結果、重くて大きくなり、身につけた人が居心地の悪さを感じるなら、それは良い眼鏡とは言えません。 Sesameで判断に迷った時、私たちは「この眼鏡を本当に毎日かけたいと思えるか」と問い直します。人が愛着を持てる眼鏡を作る。その形を守りながら、技術を加えていく。これまで複数の会社で学んできた製品作りが、今の判断に繋がっています。
1年間仕事を休む予定を変えてまで、Sesameへ参加したのはなぜですか?
娘が生まれた頃、私は長い間続けてきた働き方を一度止めようと考えていました。長時間働く生活スタイルが続いていたので、1年間は仕事をせず、家族と過ごすつもりだったんです。 前の仕事を離れるにあたり、きちんと引き継げるように後任を探していました。その時、採用しようとしていた人から「Sesameと一度話してみたらどうですか」と勧められました。入社するつもりはなく、興味深い人たちと知り合うくらいの気持ちで話を聞きました。 ところが、Sesameには、難しい製品の開発を実現するために必要だと私が考える五つの条件がそろっていました。 一つ目は、複数の会社を成功させてきた経験豊富な創業者です。二つ目は、ハードウェアとAIの開発を進められる十分な資金。三つ目は、「人が本当にかけたい眼鏡と、本当に話したいAIを作る」という明確なビジョンです。四つ目は、それぞれの分野で卓越した人材。五つ目は、数年前には実現できなかった技術がそろった時代のタイミングでした。 このうち三つだけでは足りないと思います。四つあっても実現は難しい。五つ全てがそろって、初めて成功する可能性が生まれる。Sesameには、その五つがありました。それでも、成功が約束されているわけではありません。成功する確率は1%かもしれない。それほど難しい挑戦だと理解しています。 Sesameほど条件がそろった機会は、滅多にありません。大きな意思決定を担い、ほかでは得られない経験をし、自分たちが欲しい製品を作れる。1年間休む計画を変えてでも、この挑戦に加わりたいと思いました。
初めて訪れた時は好きになれなかったという日本で、工場とチーム作りをして、心境に変化はありましたか?
7〜8年前、新婚旅行で初めて日本を訪れました。正直に言うと、その時は日本をあまり好きになれませんでした。規則が多く、窮屈に感じたんです。 Sesameの仕事で福井へ通うようになり、日本で過ごす時間が増えると、見え方が大きく変わりました。工場の皆さんは、ごく小さな違いにも気づき、「これは問題ありませんか」と必ず確認してくれます。一つひとつの工程に強い責任を持ち、品質を妥協しない。その姿勢を毎日見るようになりました。 福井の協力企業の方から、職人は作り上げた製品を自分の一部だと感じるほど、誇りを持って仕事に臨んでいる、という話を聞いたことがあります。その感覚は、私たちにもよく分かります。眼鏡の内部へ入る電子部品は、外からほとんど見えません。それでも、Sesameのエンジニアは細部まで考え抜き、自分たちの仕事に誇りを持って設計しています。 福井の職人とSesameのエンジニアは、扱う技術こそ違いますが、良いものを作るために妥協しない点では同じです。世界最高水準の眼鏡づくりと、私たちの電子技術を組み合わせれば、ほかにはない製品が作れると感じました。 以前は気になっていた規則の多さも、長く滞在するうちに、その先にある品質や信頼に繋がっているのを理解できるようになりました。私は高品質なものを作ることが好きなので、実は日本の価値観は自分に合っていると気付きました。 工場の立ち上げに伴い、妻と3歳の娘も数ヶ月日本で暮らしました。娘は日本の保育園をとても楽しみ、家でも日本語の歌を歌っています。日本のチームに必要な支援体制がすべて整い、自分たちで運営できる状態になるまで、日本拠点を作り上げたいと思っています。
日本で最初に迎えるメンバーには、どのような働き方を期待していますか?
日本で採用したいのは、割り当てられた仕事だけを正確にこなす人ではありません。私たちは高い目標を共有しますが、そこへ至る方法まで細かく指示するつもりはありません。自分で考え、必要な人を巻き込み、実際に手を動かして前へ進める人を求めています。 マネージャーやディレクターの経験がある方も歓迎します。ただ、戦略を考えて部下へ任せるだけではなく、自分自身も設計や工程改善、問題解決に関わる人が合うと思います。Sesameで活躍しているのは、ものづくりが好きで、役職が上がっても現場から離れない人たちです。 今のSesameでは、毎日全てが順調に進むわけではありません。失敗もたくさんあります。私たちの強さは、失敗しないことではなく、失敗を恐れず試し、うまくいかなければすぐに次の方法を試すことです。私は、挑戦せずに失敗を避けるより、難しいことへ取り組み、失敗した後も答えを探し続ける人を評価します。それが、大企業よりも速く前へ進み、競争相手より先に答えを見つけるための方法だからです。 人数が多ければ良いチームになるわけではありません。適切な5人が集まれば、100人と同じ成果を出せる場合もあります。人数が増えるほど、連絡や調整に時間がかかり、意思決定も遅くなる。日本では、少人数でも互いの専門性を信頼し、大きな責任を担えるチームを作りたいと考えています。 Intelligent Eyewearの量産に関しては、まだプレイブックはありません。自分たちで、プレイブックを作ります。完成した仕組みを動かすより、自分の技術と判断で仕組みそのものを作りたい人に、ぜひ加わってほしいです。
