株式会社音楽館

「音楽館」という社名を聞いてピンとくるのは、音楽ファンだけではないだろう。鉄道ファンとして知られるミュージシャンの向谷実氏が代表を務める同社は、鉄道シミュレータの開発から販売、メンテナンスを行う、鉄道ファンには非常に名の知れた会社だ。

2025年には創業40周年を迎える同社。創業当時は、レコーディング機材のレンタルなどを行う一方、Casiopea（カシオペア）というフュージョンバンドでワールドワイドに音楽活動を展開していた向谷氏。鉄道好きだった向谷氏が「こんなものがあったら面白いのでは」と開発したコンピューター用ゲームソフト『Train Simulator』が想定を超える人気となり、同社の進む方向を決定づける。

「私自身がキーボーディストでシンセサイザーを使っていたので、デジタル技術に近いところにいました。趣味の鉄道とテクノロジーを融合させて作ったのが『Train Simulator』で、鉄道をこうやって楽しみたい人がこんなにたくさんいるのかと驚いたのです。当時、シミュレータといえば自動車かバスしかなかった時代です。しかも日本中にMacを持っている人もほとんどいなかったので、ソフトと一緒にMac本体も売れたらしく、Apple社の人がびっくりしたそうですよ」（向谷氏）。

その後はWindows版、プレイステーション版と広げ、クオリティも飛躍的に上がっていく。そんな同社の次の転機が業務用へのチャレンジだった。

「当社のクオリティを新たな世界で生かすことができないかと考え、実際の乗務員の訓練用と博物館などに向けた展示用の業務用シミュレータの開発にシフトしていきました。ゲームのファンの方々にはちょっと申し訳なかったですけどね」（向谷氏）。

この大きなチャレンジによって、会社規模は急激に拡大していく。多くの鉄道会社から引き合いがあったというが、中でも東日本旅客鉄道株式会社との仕事では、新幹線を含めた全線・全域をカバーする訓練用シミュレータの開発がスタート。それまで10名程度だった社員数は一気に数倍になり、「制作会社から製造業へ」と大きく転換することに。

「最終的にはおよそ80か所にシミュレータを導入し、定期的なメンテナンスサポートや新しい訓練内容に合わせたアップデートなども行っています。こうしてできたご縁から、東日本旅客鉄道株式会社様との共同開発で、訓練用シミュレータ技術を活用したコンシューマープロダクト『JR東日本トレインシミュレータ』を2023年にリリースしました。さらに会社を大きく飛躍させるために、今後はBtoCのビジネスにも力を入れていこうと考えています」（向谷氏）。

BtoBとBtoCのビジネスが混在する新たなフェーズへと突入した同社。根幹となる「ものづくり」へのこだわりについて、向谷氏は次のように話す。

「リアルな映像と、実車に近い運転環境の再現、そして何より力を入れるのが『音』です。実写の映像を使って鉄道シミュレータを多く作っているのは、国内ではおそらくうちだけ。ほとんどがCGでしょう。実写を使うメリットは、コストと納期です。仮に東京から新青森までのシミュレータを作るとしたら、新幹線にカメラを取り付けて撮影すれば映像を用意できる。もちろんそれをなめらかに再生する技術である程度は加工しますが、CGで全ての風景を一から作るのに比べたら納期も格段に早くなります」（向谷氏）。

実映像に映る信号機は、走りながら撮影するので、当然赤にはならないわけだが、訓練用となるといろいろな状況を用意する必要がある。信号機1つとっても、教師卓から色を変化させられるように赤や黄色を埋め込むなど、細かいプログラムが必要だ。

「音に関しても、向こうから来る電車とすれ違う時の音や、踏切や鉄橋を通る時の音、あるいは何か非常時を知らせる音など、実際のシチュエーションで鳴る音をいかに再現するかは、非常に大事なポイントです。私は音楽家なので特に分かりますが、人が何かをするときに聴覚はすごく大事で、音から得られる情報が映像とリンクしたときにリアルな感覚を得るものなのです」（向谷氏）。

そのこだわりが、同社の作品価値や商品価値を高めてきた、というわけだ。

「当社が目指すのは【世界の鉄道の、安全を支える力となる。】です。以前、ドイツで行われた鉄道展で、当社のトレインシミュレータの訓練装置をそのまま持って行って実演したことがあるのですが、そのパフォーマンスを非常に高く評価いただきました。その時に、我々の技術は世界でも貢献できると感じたのです」（向谷氏）。

残念ながら新型コロナウイルスによって海外展開は一度ストップすることになったものの、その時に感じた手応えは、今でも同社の大きな原動力となっている。

「技術は、音楽と同じで国の壁を超えていけるのです。私たちがすべて作るケースもあれば、現地の方々と一緒に開発するケースもあるかも知れませんが、いろいろな選択肢を持ちながら、世界の鉄道の安全に貢献できる会社を目指していきたいですね」（向谷氏）。

会社経営において向谷氏が何よりこだわるのが、「社員全員が明るく楽しく働ける環境を作る」ことだ。

例えば勤務時間については、無駄な残業は皆無。基本は顔を合わせながらになるが、リモートワークも組み合わせて効率的に働くことが可能だ。就業規則もしっかり作られており、「自分で言うのもなんですが、めちゃくちゃホワイトな会社ですよ」と向谷氏。

求める人物像については、必ずしも鉄道ファンでなくてもよいが、技術的な部分で色々イメージがしやすくなることから、鉄道が好きな人の方が何かとスムーズに働くことはできるだろうとのこと。

「大事なのは、“何を得られるか”を考えて転職先を選ぶような人は求めていないということです。何か用意されるのを待つのではなく、興味があることを夢中になって取り組んでいただき、自分の可能性を広げてほしい。そのためのルールも、縛るものではなく“守るもの”。皆が気持ちよく働けるような環境作りを進めていきます」（向谷氏）。

向谷氏は常々、社員からの要望や要求が何なのかに耳を傾けるようにしている。定期的に行われる面談の場だけでなく、業務の中でも一人ひとりとのコミュニケーションを大事にし、あがってきた意見については、会社の将来にとってよいと思えることであればどんどん聞き入れて投資したいと考えているという。

そのための一つの場として、社内にコミュニケーションスペースを作ろうと進めているところだ。オフの時間に社員同士が語り合えるような場を社内に設けることで、コミュニケーションを活性化していきたいと考えている。

「うちはちょっと癖のある社員が多いかもしれませんが、それを私はすごくポジティブに捉えているのです。いろいろな人との会話をきっかけに、何かしらの気づきを得てもらいたい。そんな希望を持っていますね」と笑顔で話す向谷氏。

「皆さんが普段利用する鉄道の安全を守るのが私たちの仕事。これは大変意義のある仕事であり、やりがいも大きいです。私たちの仲間として、ぜひ一緒に働きましょう」（向谷氏）。