『ほっともっと』約1000店の看板制作を手がけた会社。急成長のきっかけに
ラッキー工芸株式会社は、「感動価値の創造」を企業理念に、店舗などの屋内・屋外看板の設計・施工を手がける会社だ。創業は、戦後間もない1947年。姫路市に本社を構え、2017年8月に創業70周年を迎えた。会社やお店のシンボルである看板をメインに、CI(コーポレイトアイデンティティ)、デジタルサイネージ、店舗の企画や設計施工、コーディネートといった周辺事業にも事業を広げている。
メインの看板の設計・施工は、飲食や物販などの大手チェーン店の看板を多く手がけていることが特徴だ。看板の業界は、「街の看板屋さん」的な規模の事業体から、ラッキー工芸のように全国展開をしている企業まで、事業者の数は多い。その中にあって、ラッキー工芸の立ち位置は「トップではありませんが、言うなればトップリーグ、上位15位くらいには入る会社ではないでしょうか」。こう話すのは、執行役員で経営企画を担当する齋藤順一郎氏だ。
そんなラッキー工芸も、70年余り前の創業時は、まさに街の看板屋さんだった。転機になったのは、かつての松下電器産業(現・パナソニック)の系列電器店『街のでんきやさん』(現・パナソニックショップ)の看板を手がけたことだ。初めは数ある取引事業者のうちの一つだったが、それでも品質の高さや真摯な仕事ぶりなどで信頼関係を構築し、徐々に取引を拡大。街の看板屋さんから、関西に軸足を置く看板・内装工事の会社に発展していった。
そして全国展開の足がかりとなったのが、持ち帰り弁当『ほっともっと』や定食レストラン『やよい軒』などのフランチャイズチェーンを運営する株式会社プレナスとの取引開始だ。2008年5月、持ち帰り弁当の『ほっともっと』は、旧名称の『ほっかほっか亭』からブランド変更。店舗の看板を一斉に変更するという案件が発生した。このうち西日本の約1000店の変更を担ったのが、ラッキー工芸だった。
看板の企画から設計、施工まで、短期間でこれだけの数をやり遂げたラッキー工芸は年商も一気に拡大し、この直後に東京にも進出。全国区の会社となった。この実績を武器に、フランチャイズを展開する企業との取引が増え、以後、売上、社員数ともに成長を続けることになった。
『ほっともっと』「西松屋」『丸亀製麺』など誰もが知っている看板を多数制作
現在、ラッキー工芸の取引先は、『ほっともっと』の株式会社プレナスのほか、子ども服の株式会社西松屋チェーン、『丸亀製麺』などの飲食店を展開する株式会社トリドール、メガネの『パリミキ』などを展開する株式会社三城ホールディングス傘下の株式会社グレートなどだ。このほか、数々のチェーン店の看板を手がけている。一部上場や大手のこれらの会社と直取引できるのは、ラッキー工芸が全国に協力会社のネットワークを持ち、日本全国どこでも対応が可能だからだ。
ラッキー工芸では、本社や支社で看板を企画・設計し、姫路に構える自社工場で看板を制作。それを施工担当者のマネジメントの下、全国各地の協力会社が取り付けを行うという体制をとっている。
「お客様はラッキー工芸に頼めば、全国どこでも対応可能で、さらに自社工場で制作しているため品質も担保されています。窓口が一本化され、お客様は店舗ごとに各地の工務店に依頼する必要はありません」(齋藤氏)
各種のデザインコンテストに積極的に応募し、たびたび賞を獲得するなど企画・制作のクオリティーも高い。ラッキー工芸は、企業理念や社是にお客様の感動、高品質の追及、新しい価値の提案を掲げており、これらを実践し、強みとすることで、今日まで着々と事業を拡大してきた。
一般的に、看板メーカーの営業経路としては、このようなチェーン店との直取引のほか、店舗の建設を担う建設会社や広告を担う広告代理店を経由して、受注するパターンが一般的だ。ラッキー工芸の場合、現在は、チェーン店との直取引が中心だが、新たなクライアントの開拓や事業拡大を狙い、今後は、建設会社や広告代理店への営業にも注力していく考えだ。
既存のお客様のフォローと新規開拓の両方向に十分な力を割くために、現在、新たな仲間を求めている。70余年の歴史と実績に胡坐をかくことなく、常に挑戦を続ける。新たなラッキー工芸に生まれかわるほどの決意で、企画、制作、営業と全方位的に仲間を得て、体制を拡充していく考えだ。
海外進出も準備中。昔ながらの温かさを残しながら、さらなる成長を目指す
成長の道筋として、ラッキー工芸は現在、海外展開も視野に入れている。「いずれ、ラッキーアセアンにしたい」と大きな夢を語るのは、新しく社長に就任したの藪口真太郎氏だ。実際に現在、タイに拠点を設置すべく準備中だ。
タイ進出のきっかけが、いかにもラッキー工芸らしい。たまたま社員が、事情があってタイに移住することになり、「でもラッキー工芸を辞めたくない。何とか続けられないか」と相談。そこで、元々考えていたアジア進出が一気に現実化したのだという。まずは、日本のチェーン店の海外出店における現地の看板設置を請け負い、それを足がかりに、その国に根付こうという戦略を立てている。また、「いずれは技術移転のような形で、現地で制作できる体制も整えたい」(藪口氏)とも。様々な可能性を考えているところだ。
「世界へ」という志に加えて、社員一人一人を大事に思う気持ちがラッキー工芸の特徴だ。姫路の「街の看板屋さん」だった頃のぬくもりは、全国区の企業になった今も残っている。これからさらなる拡大を目指すなかで、このような昔ながらの良さも維持すべく、改めて組織づくりや教育、品質維持にも取り組んでいく。
現在、品質は、自社工場で生産して質を保つとともに、取り付けを依頼する各地の協力会社と一緒に安全大会を開催。情報、技術、マインドの共有に務めている。社員の教育にも、ますます注力していく考えだ。「現在、当社は分業制ですが、研修として、現地に行って、自分が企画、デザインした看板がどのように取り付けられたかを見届けることをしていきたいです」と齋藤氏。
取り付けやすさ、見栄え、安全性への配慮など現場から学ぶことは多い。また、各部署の英知を共有する取り組みも進めていく。齋藤氏は言う。「新卒社員用に、各部署に教育コンテンツを作ってもらうと、すごくいいものが出てくるのです」。それをみんなで共有し、個人の技術や経験を仕組み化していけば、会社としての力が大きく増すに違いない。
中途で入社するメンバーは、より規模の大きな仕事を志向して同業から移ってくる人や、近い業界の営業をしていた人などが多い。70年余りの歴史を持つラッキー工芸だが、東京支社は、2008年の開設以降に入った人が中心だ。これから入る人も馴染みやすいだろう。東京、姫路ともに、社員はそれぞれの強みを持ちながら、黙々と仕事に取り組む落ちついた社風だ。もう一段階、二段階と成長していくために、ぜひ、会社を引っ張る気概のある人に入ってほしいところだ。実際にチャンスもある。意欲ある人の参画を待っている。
ラッキー工芸 株式会社の社員の声

40代前半
2012年03月入社

20代後半
2018年08月入社

50代後半
2017年04月入社
ネームバリューのある工事案件に携われる
現場工...続きを読む