倒産寸前からの大逆転。歴史ある温泉旅館を建て直したITの力を全国に広めたい
東京都心から、電車でわずか1時間ほど。神奈川県秦野市にある小さな温泉郷、鶴巻温泉。
丹沢山地の麓に位置し、温泉目当ての観光客はもちろん、登山客も訪れる同地には、創業100年という長い歴史を持つ温泉旅館「元湯陣屋」がある。将棋の世界では、昭和初期から「名人戦」等、数々のタイトル戦の舞台になっており、ファンには特に有名だ。
そんな「元湯陣屋」。実は、2000年代には倒産の危機に瀕していた。前経営者の後を急遽継いだ現在の女将夫妻が、ITの力を取り入れて業務を改革。見事にピンチから脱したのである。
そして、自らを救ったそのITシステムを、元湯陣屋が持っていたのと同じような悩みを抱えている旅館やホテルに紹介。現在では、全国各地の施設が「元湯陣屋」の開発したシステムを導入するまでになった。
その名は『陣屋コネクト』。クラウド型の旅館・ホテル管理システムだ。同システムを提供するのは「元湯陣屋」のグループ企業であり、製品名を社名に冠した「株式会社陣屋コネクト」である。
「今でこそ女将をしている私ですが、以前は普通の会社員でした。12年前、夫と共に突然陣屋を継ぐことになりましたが、当初は戸惑いの連続でした。その中で、業務改善の必要に迫られて作ったのが、後に『陣屋コネクト』になるシステムでした」(代表取締役CEO 宮﨑知子氏)。
『陣屋コネクト』の機能は多岐にわたる。顧客情報・予約情報の一元管理を中心に、調理場の原価管理、清掃や設備の管理、さらにはスタッフの勤怠管理や会計・経理等、宿泊業の運営に有用な機能を網羅している。
「例えば、お客様のお名前はもちろん、リピーターのお客様であれば前回召し上がったお料理、アレルギーや苦手等で避ける食材の情報等、接客の質を向上させるためのあらゆる情報を全スタッフで共有することができます」(宮﨑氏)。
自分達が使うために作り始めた『陣屋コネクト』は、その後元湯陣屋の改革が落ち着いたところで、他の旅館・ホテルを経営する同業者に使ってもらうようになった。さらには、ユーザーとなった各社の意見を取り入れ、さらに改良するというサイクルが回り始めたのだ。
「話を聞くと、多くの同業者が私達と同じような悩みを抱えていました。特に事業承継では『先代の頭の中にしか顧客情報が蓄積されていなかった』とか『帳簿類が大昔の大福帳のままでデータ化されていなかった』というような、私達も苦労したことがどんどん出てきたのです。そこで、他の方にも『陣屋コネクト』を使っていただきながら、元湯陣屋だけなく皆さんと共に成長していこうと考えたのです」(宮﨑氏)。
今後は、旅館・ホテル単体の業務改善だけではなく、地域観光DX推進のためのサービスも提供する
2012年に設立された陣屋コネクトは、「陣屋グループ」の中核会社としてクラウドサービス『陣屋コネクト』の開発・販売を受け持っている。
「『陣屋コネクト』はおかげさまで、既に450もの宿泊施設に導入いただいています。今後はこの輪をさらに広げていくと同時に、新たなサービスの開発・提供を進めていきたいと考えています」(宮﨑氏)。
陣屋コネクトが次に打ち出すサービス。それが2022年春にリリースされる『里山コネクト』だ。『陣屋コネクト』は旅館・ホテル単体の改革を推進するもの。それに対して『里山コネクト』は、地域全体でのDXを推進するものだ。
「『里山コネクト』は、これまで『陣屋コネクト』で培ってきたノウハウを地域活性化に役立たせるために開発したものです。地域共通のプラットフォームとして導入することで、エリア全体での集客力向上や収入アップを図れます」(宮﨑氏)。
従来、顧客情報は旅館なら旅館が単体で持つものでしかなかったが、それを周辺の観光施設とも共有。宿泊施設、飲食店、アクティビティ提供者が三位一体となってサービスを提供し、より一層地域の価値を向上させるのが『里山コネクト』の狙いだ。
「まずは、元湯陣屋のある丹沢・大山エリアでの観光振興を目的に『丹沢・大山 里山トラベル』という事業を始めました。ツアー募集等ができるよう、第2種旅行業の登録も行いました。新規開発した『里山コネクト』も、地域観光振興のベースとなるシステムとして、丹沢・大山エリアに導入されます。ここでの実績を基に、他の地域での導入を目指します」(宮﨑氏)。
『里山コネクト』の利用に当たっては、地域の宿泊施設が『陣屋コネクト』を使っていることが必要。今後は『里山コネクト』『陣屋コネクト』の二つが、同社の中心的プロダクトになるということだ。
「私達は『陣屋コネクト』と『里山コネクト』を、宿泊・観光業界のプラットフォームとして育てたいと考えています。地方に行けば行くほど、観光が中心産業になっているところが多く、観光業をITの力で改善することで、報われる人、そして地域も増えます。日本の各種産業の中でも、サービス業、特に観光業はまだまだ伸びしろがあります。DXが遅れていることも、理由の一つです。ITの力で生産性をアップし、高齢化した事業者からの事業承継がスムーズになれば、さらにサービス業は伸びるはずです」(宮﨑氏)。
宿泊・観光業界のプラットフォーマーとして、業界を改善し多くの人に喜ばれる仕事をしよう
では、働く立場として、同社を次なる舞台に選ぶメリットを探ってみよう。前出の宮﨑氏に、ズバリ「御社のオススメポイントは何ですか?」と聞いてみた。
「一番のポイントは、自社で売る製品を、自社で作っていることでしょう。しかも、一番のユーザーも自分達です。陣屋コネクトで作ったものを、元湯陣屋で使う。そこでブラッシュアップしたものを、他社でも使っていただく。他ではなかなか味わえない経験ができると思いますよ。それに、ユーザーが増えるごとに売上も上がるストック型のビジネスですから、自分達でビジネスを育てている実感も得られます」(宮﨑氏)。
自社プロダクトの自社開発であることから、納期に合わせた無理なスケジューリングもない。同社のとあるエンジニアも「無理なら、仕切り直すだけですから」と語るほどだ。休みも週休2日に加えて有休もキッチリと取れ、リモートワークへの対応も進んでいる。
「現在、様々なプロジェクトが動いています。まだ規模の小さな会社ですので、やりたいと思えば手を挙げて、いくらでも経験を積むことができます。また当社では10年以上前からクラウドに特化した開発を行っていますので、今後のIT業界で必須のAWSやSalesforceといったクラウド開発のスキルを身に付けやすいのもポイントですね」(宮﨑氏)。
陣屋コネクトは、陣屋グループにおいて旅館・観光業と並ぶ「両輪」の一方。売上規模も既に旅館部門と同等だといい、ストック型ビジネスであるため利益率もかなり高い。読者の皆さんが次なるチャレンジをする場として、時流にもマッチしている陣屋コネクトはピッタリなのではないか。
「今後も成長が見込める事業で、なおかつ宿泊・観光業界の改革という社会貢献にもなります。生産性の低い業界を変革し『旅館を憧れの職業にする』という陣屋グループの社是に共感していただける方、旅行や温泉が大好きな方。是非一度、話を聴きに来てください」(宮﨑氏)。