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インタビュー画像石那田諭 代表取締役CEO 「出前館」のシステムをほぼ一人で開発した過去を持つエンジニア。そのほかにも、黒字化が難しいとされていたネットスーパーのシステムを作り上げた実績もある。「三方良し」を常に心がけ「儲けすぎないけど、ちゃんと儲ける」を内に秘めて2007年から会社を運営。一度会社を閉めた経験もあるが、1億5千万円規模の資金を集めて復活。抜きんでた資質を持つ“とんがった人材”を好み、今も少数精鋭のスペシャリスト集団を率いる。1974年生まれ。

起業するまでの経歴は?

もともと35歳までに自分で会社を創ろうと思っていました。当時は世界を股にかける仕事がしたい!という思いから商社を作ろうと考えていました。 大学卒業後の就職活動の際も当然、商社に就職するつもりでしたが、当時はバブル崩壊後の不況の時代。就職氷河期でしたが、いくつかの商社に内定をもらえました。しかし、時代は空前のインターネットブーム。インターネットが世界を変える機運が高まっていました。システム業界の未来が明るく輝いている中で、最も行きたかったIT企業の内定を面接中に獲得することができました。将来、商社をやるとしても世界を一瞬でつなぐインターネットを使った商システムを自分の手でくみ上げることができれば非常に有利だと考え、商社を作る前にまず、IT業界に進むことにしました。プログラム自体は小学校5年生の頃から自分でプログラミングを勉強して、自作ゲームを作るなどしていたので、業界にどっぷりはまって今に至ります。 新卒で入社してすぐにNTTドコモの請求システムに配属されました。4年半、業界有数の凄腕のエンジニアに囲まれ、20代前半でもっとも厳しい職場環境で仕事をできたことは貴重な機会でした。ドコモでは、プログラム技術だけでなく、設計、開発、運用、テスト、緊急対応など緊迫感の高い一線級の現場での経験も積めた事は、その後の人生に大きく影響する経験だったと思っています。 ドコモでも4年半たち、システムの技術が身に付き、IT業界でも生きていける実力がつきました。その頃から大規模システムの一部分だけを担う歯車になるのではなく、システム全体を自分で考えて作れるようなキャリアを積みたいと考え転職活動を始めました。転職活動をしてすぐに何社かの大手システム会社から内定をいただきました。どれも有名大手の魅力的なシステム会社だったのですが、また同じような大きな会社に行くなら転職しない方が良いとかなと思い入社を迷っていました。 その時に、偶然、「出前館」に出会いました。当時の会社の規模は圧倒的に小さく、さらに赤字の状態。事務所のビルは真っ黄色。社内にはなぜか猫。かなり怪しい感じ。。。ですが、出前館のビジネスモデルに強い可能性を感じ入社しました。「出前館」は、今では400万人の会員と1万店のお店が登録する日本最大の宅配ポータルサイト。当時の判断は間違っていなかったと思っています。 大手企業での仕事が1とすれば、ベンチャー企業では1から10まで仕事をする必要があるとよく言われます。私もある程度、覚悟をしていたのですが、入社すると1から100までの仕事をしなければならないという事がすぐにわかりました。いま考えるとよく順応できたなと思います。システムの仕事自体も、まだ上場前でエンジニアが役員の上司と私の2名しかいなかったので、膨大な量の案件や難しい問題解決をこなす必要があり大変でしたが、自分が希望するシステム全体の実務に携われていたので充実していました。 出前館では、20代で数多くの大手企業のシステム連携等の経験を積みました。大手企業なら40代か50代でしか回ってこないような仕事を、20代のうちに経験できるのはベンチャーならではの最大の魅力です。そのため、有能な人ほど若いうちにベンチャーに行くべきだとも私は考えます。大手の良い面も当然ありますが、同じ年数を働いても30歳・40歳になったときの伸びしろがまったく違います。当時の私もプライベートの時間を考えずシステムの仕事に従事し、4年間で会社が急成長し上場することができました。 上場後、定時で帰れるようになったのですが、逆に何か物足りなさを感じ始めました。そこで心機一転、もともと自分の夢と目標であった35歳に独立という原点に立ち返り、予定より数年早かったのですが、自分の会社を立ち上げました。

HINTO立ち上げのいきさつとこれまでの歩みは?

2007年にHINTOの前身の「NEO BEAT」という会社を設立し、数か月後に数千億円規模の大手スーパーからの依頼で、ネットスーパーのシステムを開発しました。当時、ネットスーパーは赤字と言われていて、「やめた方が良い」と多くの人に言われましたが、私は逆転の発想をして「黒字にできる仕組みをつくれば一人勝ち」だなと思っていたのです。 ただし、当時のネットスーパーはまだ未開の新規事業。黒字にするには、既存の"ただ作るだけ"のシステム会社の考え方では難しい状況でした。そこで「事業体提供」という方式を独自に作り上げ、サービスを提供することにしました。商圏分析、損益計画、集客方法、計画立案、システム導入、運用、仕分け、梱包、配送、最終的には黒字化までを請け負う運命共同体方式。ECを改善したレベルではスーパーの運用コストが高くなりすぎるので、実際に発生する「仕分け」や「梱包」などのリアルな店舗運用を取り込むことで、小さな作業も可能な限り削減し、オペレーションコストを格段に下げ、それまでのネットスーパーシステムとは全く構造が異なるシステムを作り上げました。 こういう手法は通常のSIerやシステム会社では難しかったので、逆にこれが他社との差別化になりました。日本有数の大手SIerとの競合コンペで、相手側は「0円」の見積もりを出してきました。しかし、弊社の事前のコンサルティングにより、スーパー側もシステムを提供されただけでは成功しないと理解していたので、最終的に弊社が勝ち取る奇跡を起こしたこともありました。 まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続け、大手VC等から1億8千万円以上の投資も集まっていました。しかし、そんな時にハッキング事件が発生。顧客であるスーパー様と賠償について法的に争えば会社を残すことは可能でしたが、お世話になったスーパー様に重ねて迷惑をかけたくなかったため、けじめをつけるためにも会社を清算しました。弊社ができる最大限の誠意を持って対応したいという思いもありました。 とはいえ、さすがにしばらく何も考えられない状況が続きました。社員にも他の企業へ移るように転職活動をしてくれと言ったところ、創業期のメンバーが「もし社長が何か別の事をやるのであれば、待ってますから言ってください」と言ってくれました。その言葉を聞き、私は再度、「会社を立ち上げよう!」と決意しました。完全に沈んでいた自分の心を奮い立たせてくました。 といっても資金も何もありません。あるのは技術だけでした。しかし、ここで再び奇跡が起こりました。「技術で返せるよね」と資金やオフィスを提供していただいたり、「問題はあったけれど、提供していたシステムとノウハウ自体はとても素晴らしい。セキュリティさえクリアできれば問題ないので支援したい」と2社と1名の個人投資家から合計4000万円の支援投資をいただきました。その資金をもとに2016年にHINTOを立ち上げたのです。この支援がなければ今のHINTOは存在せず、今でも心から感謝しています。 HINTOを立ち上げた後、共同で新しいネットスーパーの事業を立ち上げました。紆余曲折ありましたが、みずほやSMBCなど大手銀行の投資会社から1億円の投資をいただき、十数社のスーパーを開拓をすることができました。ネットスーパー事業は、軌道にのっていましたが、大株主の意向もあり、2017年にネットスーパーシステムで共同事業をしていた企業様にシステムの著作権を売却し、他の株式も一度整理をして、完全に独立することで新しいHINTO社を作り上げることにしました。 独立後もこれまでの経験と技術を生かし、誰もが知る大手学校法人様や官公庁様、小売り大手などからオファーをいただき、現在も順調に成長を続けています。

今後、HINTOをどのようにしていきたいと思っていますか?

「NEO BEAT」という社名は「次世代の鼓動」という意味です。次の世代に伝えられるようなシステムを作る会社にしたいという思いを込めました。一過性の人気で終わるものではなく、世の中を変え、未来へ続くようなシステムを提供したいというのは、今も変わらない思いで、HINTOでもその思いを継いでおります。 出前館もネットスーパーも、時代を変えるようなシステムで、どちらも私の手元は離れましたがまだまだ進化の途中。その意味では次の世代がより良いものにしながら、未来へ続けていってくれています。 現在のHINTOではお客様からの受託案件がベースとなっていますが、やはり次の世代に繋がるようなシステムを作りたいという思いがベースにはあり、現在も引き続き新規事業としてビジネスの芽を常に探していますし、実際に着手しているものもあります。 また、ベンチャー企業の良さというのは、なんといっても「スピード」だと思うんですよね。身軽だからこそスピーディーにどんどんトライしていける。もちろん失敗することも多いですが、致命的な失敗をしなければ、また立ち上がってもう一回チャレンジすれば良いのです。こういう姿勢がビジネスの成否に大きく関わってくると思っていますし、何よりも私自身が「挑戦すること」を楽しいと感じています。 現在のお客様との関係性はもちろん大切にしながらも、チャレンジを続けていき、会社としてもステップアップしていきたいです。将来的には上場も視野に入れ、きちんと未来に残るような会社にできればと思っています。

石那田さんの仕事観や座右の銘を教えて下さい。

私の好きな言葉の中に「三方良し(売り手よし、買い手よし、世間よし)」というものがあります。これはこれまでのビジネスで感じたことですが、売り手だけでもなく買い手の利益も考え、さらには世の中に良い影響を与えることまでを追求し、これら3つのバランスが取れて、はじめて商売が成り立つという考え方です。誰か一人が得をして、その他が損をしたり、世の中に悪い影響を与えるようなビジネスは一時的に利益を得たとしてもその後の広がりがないと思っています。 私は関わる人が利益を享受できる自然に広がるようなwin-win-winのビジネスを創りたいと考えています。実際に出前館は、利用するユーザーにとっても便利であり、加盟店の皆さんにとっても得を感じて頂ける、最終的には当社も利益を上げられる状態となるように心がけました。結果、無理に売り込まずとも口コミで勝手に広がっていくようになり、最終的には加盟店1万店という驚くべき成長を遂げました。 現在でもビジネスを考える上では、「三方良し」の考え方を常に意識しています。無理に「これすごいので!」と営業を必要のないものを仕掛けるのではなく、お客様の問題を見極め、必要なシステムを提供し、愚直に仕事をこなし、双方に利があるから自然にビジネスが広がってくように仕事をすることを心がけています。常に誠実にビジネスに向き合っていく事でお客様に信頼され同じ会社の仲間のように必要とされる会社であろうと考えております。

最後に応募者に向けたメッセージをお願いします。

出前館で仕事をしていたとき、大企業を相手に、社長は納期と金額を決めるだけで、あとはすべて現場の私が1人で仕事をしていました。大変な思いをしましたが、その時の経験は今も生きています。 大手では歯車の一つとして部分的な仕事を任されることが多いですが、当社では若いうちからどんどん上流工程も任せていきます。自分が中心になって責任を持ちながら大きな仕事を経験することで、エンジニア、デザイナー、あるいは営業として、成長につなげられます。当社では、大阪の小規模なWeb会社とは思えないような大手クライアントとの仕事が経験できますので、自らのキャリアやスキルを飛躍的に高めてもらいたいと思っています。 HINTOのメンバーは、全員がプレイングマネージャーだと思っています。自ら提案したシステムを自分の手で開発まで担当できる。必然的に市場価値は高くなり、自ら実装することができるSE、ディレクションのできるデザイナーになることができます。仕事は要件定義ばかりではなく、コーディングだけでもなく、すべてを一貫して担当することができます。当社で経験を積めば、どこに行っても通用する人材に成長できると自負しています。 また、せっかく当社に入るからには、"会社のために働く"という考え方よりも、”自分の会社を創ろう”という視点で仕事をしてほしいです。1人1人の影響力がダイレクトに反映される環境なので、互いに信頼をし合って切磋琢磨していくことで、働きがいも増していくと考えています。少しでも共感していただいた方はぜひとも一度お会いしましょう!

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