株式会社root ip

ネーミングやロゴマークに代表される商標権をはじめ、特許権、実用新案権、意匠権からなる“知的財産”。この権利は、ものづくりやアイデア等、ビジネスにおいて欠かせない。そこで近年注目を集めているのが、株式会社root ipだ。同社は、特許業務向けのシステムツール『root ip』を開発・運営する。知的財産権の取得は国家資格である弁理士が仲介するが、この『root ip』の最大の特徴は、一般的なシステム開発企業ではなく “弁理士自身”が手掛けているというところだ。

同社を設立した大倉昭人氏は、弁理士である。しかし、かつては大学院でロボット技術の研究に、その後の5年間は大手企業で通信ネットワークの研究に打ち込んできた。そんな大倉氏がなぜ弁理士となり、特許業務のシステム開発に携わっているのだろうか。

「ロボットや通信の研究で実際に装置を動かすには、プログラミングスキルが必須です。そのため、自ずと開発技術は身に付きました。また、そうした研究結果として生み出されたアイデアや技術は知的財産です。研究職を続ける中で、そうした知的財産にも興味を持つようになったのです。弁理士の勉強はハードでしたが、より高みを目指せる面白さはありましたね」（大倉氏）。

こうして手にした弁理士資格は、大倉氏に転機を生む。とある会合で出会った弁理士から、一緒に働かないかと誘いを受けたのだ。
「弁理士は、誰かの貴重なアイデアや技術に権利を生む仕事。通信業界とはまた違った魅力がありました。業界の先輩に声をかけてもらって、挑戦しようという気持ちが芽生えたのです」(大倉氏)。そうして、今までとは全く異なる特許の世界へ飛び込んだのだ。

研究の道で身に付けてきたプログラミング技術、そして弁理士資格。大倉氏はその武器を手に、今度は自身の会社を立ち上げた。それはなぜだろうか。

「弁理士事務所で働く中で、仕事の本質について考えることが増えました。まずは紙文化ですね。成し遂げたいことは、特許の取得。なのに、膨大な量の紙から書類を探したり、資料を作るための資料を作らなければならなかったり……。本質から外れたタスクをこなす時間ばかりが多くなって、本来アイデアや戦略を練るような時間を、無駄にしてしまうのです。そうした事務作業の無駄を最大限なくせば、もっとたくさんの有意義な仕事ができると考えました」(大倉氏)。

そこで生み出されたのが、特許を求めるメーカーやそれを仲介する弁理士が、スマートに業務をこなせるツール『root ip』だったのだ。

『root ip』は、技術を生み出すメーカー向け、特許業務を行う事務所向けの2種類がある。どちらも同社による完全自社開発だ。弁理士である大倉氏を中心に、経験豊富なエンジニアによって作り上げられている。

「やはり自社開発では、サービスのスピード感が段違いですね。業界の知識があるのとないのとでは、業務の進み方に大きく差が出ます。特許業界の用語は、特殊なものが多い。例えば、“優先権”を正しく計算できるプログラミングを依頼するときも、“優先権とは何か”を説明するところから始めるようでは、一つひとつのコーディングに膨大な時間が掛かってしまいます。それが、社内で知識を共有したエンジニアが手掛ければ、あっという間に完成するのです」（大倉氏）。

開発スピードについては驚愕のエピソードがある。同社では「こんな機能を導入してほしい」というクライアントの要望も積極的に受けている。なんと、こうした依頼を午前中に受け、午後にはその機能をリリースしたこともあるのだとか。このスピード感は、かなり高い評価を得ている。開発の早さだけでなく、システムの反応の速さも喜ばれているという。

ユーザー側の立場に立ち、使いやすいシステムを提供する。特許業界に精通し、プログラミング技術も高い同社だからこそ、成し遂げられるサービスだ。その結果、ほとんどのクライアントはクチコミや紹介で獲得している。

すでにハイスペックだと思われる『root ip』だが、2023年3月に大幅アップデートしたという。ユーザーの使いやすさを追求したのはもちろん、どうやら同社の舞台裏でも大きな狙いがあったようだ。
「現在は社内にエンジニアがいますが、はじめは代表の私一人でプログラミングしていたものですから、古いソースコードなどでシステムがかなり複雑化していたのです。いわゆる、技術的負債ですね。それを1年掛けて、最新のコーディングに整備しました。時間と手間が掛かって苦労しましたが、かなりブラッシュアップできました」（大倉氏）。

特許は一般的になじみが薄く、新たな企業が参入しにくい業界だ。さらに、社内エンジニアに話を聞くと、同社が業界内でも秀でていることは明らかだった。「競合は紙文化や古いソフトから刷新できない体制が目立ちます。その点当社では、プログラミングや情報共有は最新の環境でできていますね」（社内エンジニア）。

クライアントが続々と増え、同社は大きな成長期を迎えている。今後もシステムを充実させていくには、社内エンジニアがスムーズに作業できる環境が必要。それはすでに実現しているようだ。

同社で働く魅力を一言で表すなら、「一人ひとりが能力をのびのびと発揮できること」だろう。

話し合いの場においても、同社には一切の無駄を作らない。「例えばマニュアルの作成や修正を行うときも、改まって会議を開くというよりは、メンバー同士でその都度話しかけて意見交換していますね。週に1度は全社員でミーティングも行っていますが、要件をパパっと共有して、すぐ解散。短く済ませて、すぐ自分の業務に移るようにしています」（大倉氏）。

その一方で、かなり気さくに対話できるようなムードも広がっていた。オフィスにお邪魔すると、従業員はもくもくと個々の業務に取り掛かっている。しかし、ふとした瞬間や大倉氏との会話では、笑顔のこぼれる時間が流れる。大倉氏を「大倉さん」と名前で呼ぶ従業員の姿にも、そのフランクさが表れている。

同社の居心地の良さは、コミュニケーションだけでなく働き方にもある。まず、基本的に定時勤務。残業はリリース前などの繁忙期に発生するが、多い人でも月平均20時間程度だ。

また、一人ひとりが働きやすい勤務スタイルもある。自由にリモート勤務ができるほか、1時間ごとの時間休も取れるため、子供の授業参観のために中抜けするということも可能だ。自社開発サービスのためスケジュールを調整しやすいこともあるが、メンバー同士で助け合う文化があることも、大きな理由だろう。

さらに同社の面白いところは、代表の大倉氏も時短勤務をしている点だ。取材時の大倉氏には、第2子が生まれたばかり。16時には退勤し、長男の保育園の送り迎えを日課にしていた。

「当社が求めるのは、自分のタスクをこなして結果を出すこと。それが成し遂げられれば、働き方は制限しません。そしてもちろん、貢献してくれた分は給与や待遇で還元しています。私の弁理士時代も、待遇がやりがいにつながりました。同じように当社のメンバーには、頑張った分だけお礼をするつもりです」（大倉氏）。

実際に従業員へ話を聞くと、スタイリッシュな働き方や厚い待遇に満足しているメンバーが多い。少数精鋭であるものの、この3年で離職率は0%というから驚きだ。

“特許”というニッチな業界で高い将来性を誇りながら、「やりがい搾取」という言葉とは無縁。同社では、安心して活躍し続けられるだろう。