モバゲータウンのオープン・プラットフォームを半年で実現したエンジニア
木村 秀夫氏
ポータル事業本部 システム部
Hideo Kimura
システムエンジニアとしてキャリアをスタートし、個人事業主となりWebサービスの提供等を行なっていたが、2009年7月にDeNAに入社。当時、モバゲータウンのオープンプラットフォーム化の方針が決まったばかりで、同氏は入社直後から、たった半年という期限つきのプロジェクトにアサインされる。その抜擢は、同氏が以前からPerl言語のコミュニティで活動をしていたのが評価されてのことだった。
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モバゲータウンのオープンプラットフォーム化という一大プロジェクトに、入社直後にたった一人で立ち向かった木村氏。Perl言語のコミュニティで著名な同氏は、現在はマネージャーとして活躍しているが、「一生コードを書き続けていたい」という根っからのプログラマーだ。エンジニアとしての仕事への向き合い方などからは、同じ技術に携わる人にとっても気づかされることが多いだろう。
取材・文/渡邉昌資/佐藤ゆき恵 2010年2月17日

モバゲータウンのオープン化が決まった直後に転職してこられたそうですね。プロジェクトはどのように進みましたか。

2009年の7月に入社し、翌月にはオープン化のプロジェクトにアサインされていました。仕様決めから始まり、9月には体制が固まって、その後は怒濤の日々でした。競合他社が1年半かけたものを、当社は5ヶ月で、しかも当初は入社直後の私一人でしたので、今となってはよくやれたと思います。
私がアサインされたのは、かねてからPerl言語のコミュニティで発信をしており、多少名前を知られていたからのようです。実際の開発には、スクラッチからやらねばならない苦労がありましたが、同時に前例などにひきずられることなく、好きな技術を使えるチャンスでもあり、チャレンジできたのがとても面白かったです。
大規模なアクセスが予想されたので、特に負荷分散やシステムのチューニングは緊張しましたね。 仕様は、Google社の提供するOpenSocialに則って行なったのですが、これはそもそもPCの世界での技術が中心であり、モバイルに適用した前例が余りありませんでした。このため、当社も今後はイニシアチブを取り、日本のモバイルでの仕様を OpenSocialコミュニティに対して提言することも可能になるのではと期待しています。
そういう意味でも、今回のオープンプラットフォーム化は、ユーザ、パートナー、エンジニアの三者に価値を提供できる面白い仕事だったと感じています。ユーザには新しいコンテンツの楽しみを、パートナーには新規のビジネスの場を、エンジニアにはOpenSocialの規格への関与をといった形で。

まさに最先端の仕事をされていますが、今、注目していることや、今後やってみたいことはありますか。

色々ありますが、特に気になっているのはiPhoneです。自分の作ったものを世界の人に使ってもらえるというマーケットの面白さ、デバイスとしての面白さ、そして 開発言語そのものの魅力があると思います。
今後のモバゲーに関しては、OpenSocialの仕様変更を促して、パートナーに負担をかけない仕組みを作っていきたいと思います。これからより多くのパートナーに参加してもらい、サイトが盛り上がっていくのに際して、それは必須だと思っています。また個人的には、一生コードを書いていたいですね。「プログラムを書かないマネージャーはない」というのが持論で、やはり技術に常に触れていないと説得力も伴いませんから。
当社では、そういった気持ちもちゃんと汲んでくれます。ただし、きちんとマネジメントをこなして、納期を守ってという条件付きですが。
いつ頃からシステムにかかわり始めたのですか。

小学生のときに、「I /O」という雑誌を読んでパソコンがほしくてたまらなかったのですが、高くて手が届かず、親に頼み込んでやっとポケコンという電卓に毛が生えたようなものを買ってもらいました。それで遊んでいるうちに、ゲームを作れるようになってきまして。プログラムを当時あった同様な雑誌、「ベーシックマガジン」に、原稿用紙に書いた仕様書を送って、そのプログラムが掲載されて、掲載料をもらえたといううれしい体験が始まりです。でも、Perlコミュニティで発信をするようになったのは30代に入ってからなんです。これにはまってからは積極的に発信を する努力をしていて、先日はYAPC::Asiaでも発表させてもらいました。

周囲のエンジニアの方々はどんな人たちですか。また、ご自身のエンジニアリングに対するこだわりを教えてください。

私の中に、「すごいエンジニア」像というのがあって、それは、上から下まで見られる人、つまり、サービスを考えるところからインフラまで組める人なのですが、そういう人がDeNAにはたくさんいます。それがこの会社の文化なのでしょうね。
私自身は、常にチャレンジをしたいと思っていて、新しいプロジェクトに取り組むときは必ず何かしらの新しい技術に挑戦しています。責任を取ればやらせてくれる会社ですから、その辺は自由に取り組めて良いです。「システムは生き物」だと思っていますから、毎日、止まることなく進化させておかないと、だめになってしまうと思うんです。少しずつアップデートしていくことで、リスクも低減できます。
この記事を読んでいるエンジニアの方々にメッセージをお願いします。

まずは、エンジニアリングというものに興味を持ち、好きになってほしいと思います。仕事でやってほしくないなと。それから、エンジニアのコミュニティに参加すると良いと思います。ひとりで本を読んで勉強することもできますが、がんばっていても伸びしろは限られます。世の中にはすごいエンジニアがたくさんいます。そういう人から受ける刺激は大きく、成長する一番の糧になるはずです。
木村氏の話を聞き、このような力のあるエンジニアが惹きつけられ、活き活きと働くことができるDeNAという会社の魅力を改めて感じることができた。トップレベルのエンジニアたちが凌ぎを削り、自分たちが創り上げたものが世界標準となっていくような環境はめったにないだろう。自らの技術力に自信のあるエンジニア、こだわりをもってエキスパートの道を歩みたいエンジニア、そんな尖ったエンジニアを彼らは求めている。

株式会社 ディー・エヌ・エー(DeNA)
新しい価値と感動を提供するために、挑戦し続けるプロフェッショナル集団
2007年12月には東証一部上場を果たし、モバイル業界におけるリーディングカンパニーとして新たな価値を社会に提供し続けている株式会社ディー・エヌ・エー。 特に、「モバゲータウン」「モバオク」をはじめとしたモバイル関連サービスは、携帯電話のユーザーニーズを的確に捉え、爆発的な成長を遂げている。今後は、モバイルの領域で際立つ独自性をより一層追求。さらにはそのノウハウを結集することにより、「国際事業」「新規事業」へと、事業領域を次々に拡大していく予定だ。
| 資本金 | 43億2887万円 |
| 設立年月 | 1999年3月 |
| 従業員数 | 540人 |
| 平均年齢 | 30.6歳 |

