ゲーム開発未経験から「怪盗ロワイヤル」を成功に導いたエンジニア
大塚 剛司氏
ポータル事業本部 ディレクター
兼 システム部 ゲームシステム開発グループ グループリーダー
Takeshi Otsuka
2005年に東京大学を卒業後、事業家を目指してDeNAに新卒入社。当初は営業企画として活躍するが、ビジネスとシステムの両方を理解してサービスを提供できるようになることを目指し、エンジニアに転向。同社の最初のソーシャルゲームである「怪盗ロワイヤル」の企画・開発を全て担当した。
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自分でサービスを考え、作っては改良していく「サービスリード」と呼ばれるエンジニア職として活躍する大塚氏。自分で世の中にインパクトを与えるサービスを作るのが目標だという同氏は、なぜDeNAを選び、どのように仕事と向き合っているのか。今、もっとも旬なソーシャルゲームにひたむきに挑戦する同氏の言葉に同社の勢いがそのまま表れている。
取材・文/渡邉昌資/佐藤ゆき恵 2010年2月17日
大塚さんがDeNAに入社された経緯について教えてください。

2005年に新卒で入りました。漠然とながら、自分でサービスを作って、世の中にインパクトを与えるような事業家になることを目指していて、それで入社後すぐに突っ走れる会社に入ろうと思ってたんです。それで見つけたのがDeNAでした。当時はまだ小さな会社で、ビッダーズ事業を中心に、非常に優秀な人たちが必死で働いている状況で。どうなるか分からない会社だなと思いつつ、ここで3?5年がんばれば、その後ひとりでやっていける力が身につくだろうと確信して、入社を決めました。
最初から自分で事業を創り上げることを目指していて、その一番の近道がDeNAだと考えたのですね。その後はどんな風にやってきたのですか。

最初の配属はビッダーズの広告設計を担当する営業企画でした。社内の調整役として、エンジニアと接するうちに、DeNAのエンジニアは自ら考えて正しいと思ったものを形にするという仕事の仕方をする人たちで、そういう風に自分もなりたいと思ったのが、エンジニアに転身するきっかけでした。ビジネスとシステムの両方を理解できる人になるために、南場さんに相談して、念願かなって半年後には異動になりました。システムの素養はゼロで、しかも当時は社内研修もなくて、仕方がないので本を買って、毎晩、明け方まで勉強しました。3ヵ月後くらいから本格的なプロジェクトにアサインされ、モバオクやモバコレなどに携わってきました。そして入社4年目に新規事業にチャレンジした後、5年目にソーシャルゲームのプロジェクトにアサインされました。

このプロジェクトには、社内でも活躍している人が選抜されたので、自分もその一員になれたのが嬉しかったですね。担当者は私ともうひとりの企画担当者にOJTのため新人が二人つきました。市場調査から始まり、システム、人、戦略のマネジメントをすべて行なってリリースにこぎつけました。このときの経験が今の仕事のベースになりました。当社では、一つ仕事をこなすと、必ず次のステップが与えられます。最初はちょっとびっくりするような難しい課題なんですが、必死でやっているうちに気づくと乗り越えているという感じで、4年間やってきました。
失敗も多くありましたが、「怪盗ロワイヤル」の最初からリリースまですべてを担当することで、「こういうものを作るべきだ」と自らサービスを考え、生み出していく、DeNAのエンジニアとしてあるべき姿に近づけたと思います。
「怪盗ロワイヤル」はソーシャルゲームとして大成功を果たしていますが、それを生み出すのに苦労はありませんでしたか。

実は私自身、あまりゲームで遊んだことがなかったんです。ですので、いきなりゲームを作ることになって当惑しました。まずは情報収集ということで、Facebookやその他のオンラインゲーム、また、PSPやDS、iPhoneを買って、色々なタイプのゲームをやり込みました。その中でいくつかの海外発のゲームがヒントとなり、ソーシャルゲームはこうあるべきなんじゃないかという構想が固まりました。それが、「怪盗ロワイヤル」につながっています。
企画はどういう風に進むのか、教えてください。

当社では企画者と開発者が二人一組になってチームを組み、最初から最後まで責任を持って担当します。私の場合、最初の一週間は調査にあてました。ゲームを実際に遊ぶというのも含めてです。それから2週間ほどをかけて詳細設計の詰めと開発を行ないます。途中で2週間程アメリカに渡っていたのでその間は抜けてしまいましたが、2ヶ月目以降は社内のフィードバックを受けながら修正し、4ヶ月目にリリースとなりました。今ならもっと早くできますが、最初は試行錯誤の時間がかかりました。
以前に失敗した経験があったので、リリースはとても緊張しました。一体、このゲームはヒットしてくれるんだろうかと。その緊張も、回を重ねるごとに意味が変わっていきました。初めは、エンジニアとして、「サーバーは大丈夫だろうか」といったことが心配なのですが、次の時には、サービス提供者として大丈夫だろうか、つまり面白がってもらえるだろうかと。
最初は少数のユーザに限定して、その後徐々に全ユーザにリリースをしていくのですが、全リリース直後にトラフィックが一気に上がり、すぐにシステム構成やゲーム仕様などを変更するなどの対応があって、なかなか休んでいられない日々が数週間続きました。
その次のステップとして、課金してもユーザがついてきてくれるのかということは、とても不安でした。しかし、思い描いていた通りにユーザがお金を使ってアイテムを買ってくれるのを見たときは感無量でした。正直に言って体はふらふらでしたが、充実感のあまり、ひとりで夜の街に出て寿司を食べて乾杯しました。
ソーシャルゲームが今後どのようになっていくとお考えか教えてください。

ソーシャルゲームというのは、ひとりで遊ぶ普通のゲームと性質が異なっています。ゲームそのものの面白さと、人とつながることの面白さがバランスよくミックスしないと、意味がないということです。つまり、開発している最中は、ついゲーム単体の面白さを高めようと走ってしまいます。しかし、実はゲーム自体の面白さが突出していると、ひとりで遊べばよいゲームになってしまい、ソーシャルゲームとしては失敗です。人とのやり取りをすることの面白さという要素が必ず入っていなければならないのです。その両方をバランスよく伸ばしてあげる必要がありますね。
昨年の夏に、アメリカで国際学会に参加した時、ソーシャルゲームの研究者と交流する機会をもてました。自分としては、ソーシャルゲームはソーシャルゲームであって、単なるゲームじゃないと思っていたのですが、同じような考え方をしているSNS研究者と議論することで、自分のこのような考え方に自信を持つことができました。今後、ゲーマーではない、大多数の人が面白がれるようなものを作っていく余地が大いに残されており、さらに面白い分野になってくることは間違いないと思っています。
エンジニアの方々に、メッセージをお願いします。

世の中に大きなインパクトを与えたい人、燃え尽きたい人、世界を狙いたい人などにはそれが実現できる環境が整っていると思います。私が今、ここにいるのも、今の自分にとってそれがベストな選択だと思っているからです。DeNAのエンジニアはユーザに受け入れられるものを生み出すために命がけで取り組んでいます。生半可な気持ちではつらい仕事かもしれませんが、それだけに、間違いなく得るものは大きいです。
大塚氏の話からは一人のエンジニアが実現できることの大きさに驚かされると共に、このようなエンジニアが生まれるDeNAという会社の組織風土や経営方針に他社にはない魅力を感じた。企画を練り、開発を行い、運用しながらより良いサービスに育てていく。そのサービスが世の中に大きなインパクトを与えたときの充実感は何ものにも代えがたいだろう。自ら事業を創り上げていきたい、そのような意欲的なエンジニアにとって、求めていた環境に踏み出せる機会が訪れているのではないだろうか。

本社、ビルの最上階からの景色
株式会社 ディー・エヌ・エー(DeNA)
新しい価値と感動を提供するために、挑戦し続けるプロフェッショナル集団
2007年12月には東証一部上場を果たし、モバイル業界におけるリーディングカンパニーとして新たな価値を社会に提供し続けている株式会社ディー・エヌ・エー。 特に、「モバゲータウン」「モバオク」をはじめとしたモバイル関連サービスは、携帯電話のユーザーニーズを的確に捉え、爆発的な成長を遂げている。今後は、モバイルの領域で際立つ独自性をより一層追求。さらにはそのノウハウを結集することにより、「国際事業」「新規事業」へと、事業領域を次々に拡大していく予定だ。
| 資本金 | 43億2887万円 |
| 設立年月 | 1999年3月 |
| 従業員数 | 540人 |
| 平均年齢 | 30.6歳 |
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