株式会社キメラ

ITの力で“新しい働き方”をつくっていくことをテーマに、2015年2月に活動を開始した、株式会社キメラ。まずは、タレントマネジメントシステム『LEAN』および、“ナノタスク”クラウドソーシングアプリ『LIMONADE』の提供からスタートする。
同社を創業したのは、あの家入一真氏。2003年にレンタルサーバーやブログサービスを手がけるpaperboy&co.（現・GMOペパポ）を創業し、2008年に29歳という最年少でジャスダック市場に上場を果たした経営者だ。

2010年に同社から離れるのと前後して、シリアル・アントレプレナーとしてカフェやレストラン、スタートアップ投資・育成、クラウドファンディング、コミュニティ、ネットショップ構築ツールなどの会社を立ち上げてきた。そして、2014年2月には東京都知事選挙に立候補。

その家入氏が手がけ始めたキメラには、どんな活動コンセプトがあるのか。次のように説明する。

「僕は、高校1年の時に受けたイジメが原因で、学校をやめて引きこもりになりました。美術大学に合格しても行けず、就職しても続かず、自分の居場所をつくるには起業しかなかったのです。それとともに、“生き方”や“居場所づくり”が活動テーマになりました。居場所のない若者向けのシェアハウス『リバ邸』をつくったり、教育にもアプローチをして完全無料のプログラミングスクール『青空学区』を始めたりと、実験的な試みをいろいろとやってきました。都知事選への出馬や政治活動もその一環です。そしてキメラは、日本が直面している"働き方"、 すなわち“生き方”の問題を、本領であるITサービスを通じてアップデートしていきたいという考えのもとに、スタートさせました」

同社の事業背景には、日本の労働人口の減少という大問題がある。少子化の進展により、日本の総人口は2008年12月の1億2809万人をピークに減り始めているが、15～64歳の労働力人口はそれより10年前の1998年から減り始めている。経済を維持・成長させるために必須の労働力は、外国人労働者を入れるか、労働者の生産性を高めるしか増やしていくことはできない。前者は政治的な諸問題があり、なかなか進まないのが現実だ。

一方の生産性向上においては、国の成長戦略の一環として、長時間労働の是正や“ワークングマザー”の活用、“ホワイトカラーエグゼンプション”などといった“働き方改革”を推進する諸施策が検討されている。

「生産性をいかに上げていくかは、各企業にも突き付けられた大きな課題です。我々は、まずはこの課題に着目し、人々の“働き方”改革と兼ね合わせて、ITサービスの力で改善させていくことを目指します」と、共同創業者で取締役の佐野一機氏は言う。
その第一弾、『LEAN』。これは、企業の採用実務における課題を解決し、採用のベストプラクティスの抽出を支援することで生産性の向上に寄与するツールである。
企業の人事部門は、人材採用の募集から始まり、選考・採用、人的資源管理（配置／評価／組織開発／給与／教育など）、福利厚生、退職という様々なサービスを手がけている。担当が分かれている大企業はまだよいとして、中堅・中小企業は経営者自身や数名の担当者がすべてをこなしているのが現実だ。

「あまりにも多忙で、作業をこなすことで手一杯。とても『どうすれば生産性が上がるか』を検討している時間はありません。『LEAN』はそこにメスを入れていきます」
採用だけにフォーカスしても、様々な求人サイトやツール、イベントなどのメディアがあり、これらをいくつか組み合わせて利用している企業が多い。あるメディアの管理コンポーネントがよくできていても、それが複数になれば結局煩雑化し、一元的に管理できないことで採用状況が見えにくくなる。

「『LEAN』は、これらを一元的に把握し“見える化”することで、採用にかかわるスタッフがすべての状況を共有することができます。また、自社採用HPのアクセス解析や採用チャネル・採用担当者ごとの採用率、応募者の傾向別採用率などの有用なデータを蓄積・分析できるようにしていきます。これによって、どうすれば必要な人材を効率的に採用できるかというエビデンスを抽出し、ベストプラクティスを導き出すことが可能です」と佐野氏は力を込める。
まずは採用領域からリリースするが、今後、配置、教育、評価、給与などの領域に展開し、生産性向上を目的とする人事全般のベストプラクティス抽出機能を実装していく予定だ。

一方の“ナノタスク”クラウドソーシングアプリ『LIMONADE』。これは、日常の“スキマ時間”を生産的な活動に変えるアプリである。
電車に乗っていると、スマホをいじっている人が目につく。その多くは、ゲームなど消費に属するものだ。一方で、日常のちょっとした困りごとに悩む人がいる。『LIMONADE』はこれをマッチングするプラットフォームだ。
「例えば、外国人観光客が日本語の看板の写真を撮って『What mean?』と書いてアップすると、それを見た人が翻訳して教える、といったことに使います。みんながまさに数十秒で済む“ナノタスク”を果たすことで、少しでもスキマ時間を生産的なものに変えていこうというねらいがあります。小さなことかもしれませんが、これが100万人、1000万人と増えていけば、相当な生産性向上に繋がると思います」と佐野氏。
なお、ボランティア的なタスクだけでなく、有償のタスクにも対応できる機能が実装される。新しい“働き方”の可能性を広げるツールとなるだろう。

ところで、“キメラ”とは「同一個体内に異なった遺伝情報を持つ細胞が混在する生き物」のこと。多様な価値観や個性、バックグラウンド、能力を有する人材が集まる“モンスター”のような組織を目指したいとの思いで命名された。
スタートアップメンバーが、すでに“キメラ”である。
創業者の家入氏は、冒頭で触れたとおりの多彩な経歴の持ち主である。
佐野氏は、経営コンサルタントを務めた後、事業会社を起業し事業譲渡、その後、IPOを目指す会社に責任者として経営参画した経営のプロフェショナル。佐野氏はコンサル時代、IPOを目指していたpaperboy&co.のコンサルティングに関わったことから家入氏と知り合い、そのプロセスでお互いの価値観や人間性を深く知り合った仲だ。
もう一人の取締役の松山太河氏は、ネットエイジなどで活躍し、渋谷が“ビットバレー”と呼ばれた際の中心人物となった一人。その後、ベンチャー投資に軸足を移し“日本を代表するエンジェル投資家”と称される。
さらに、顧問には神谷アントニオ氏が名を連ねる。神谷氏は、生まれ育ったアメリカで経営コンサルティング会社を創業後、日本で富士山マガジンサービスの創業に参画しCTOに就任。数社のスタートアップに情報技術面でかかわる。技術と経営の双方の能力を併せ持つ貴重な存在だ。
「とはいえ、これから加わる新しいメンバーといっしょに当社の風土をつくっていきたいと考えています。『自分はこんな会社にしたい』という意見は大歓迎です」と家入氏は呼びかける。
「自分の意思や意見をロジックで明確に表明できなければ活躍出来ない企業やベンチャーがありますが、当社は違う価値観を持っています。ロジックが強い人、専門性が高い人、感性が鋭い人、いろんな個性がありますが、それぞれが異なる役割を持っていると考えています。大事なのはそれぞれの役割を理解したうえで、相手に敬意を持ったコミュニケーションができること。そうしたコミュニケーションができなければ、多様性に価値を置く“キメラ”は実現できません。ですから、一言でいえば“優しい会社”にしていきたいと思っています」と佐野氏。
まだスタートしたばかりで、制度づくりなどはこれから。独立支援制度や、福利厚生として“マインドフルネス”の導入など、働く人にとって意義のある制度を検討している。
「季節性のうつ病を持つある人が、その冬の間南の島で過ごすことを前提にテレワークを認めてくれた会社に入り、大活躍しています。そのように、働き方やライフスタイルは人それぞれ。できるだけそうしたニーズに応える会社にしていきたいですね」と家入氏は結ぶ。